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呪い研ぎの研ぎ師  作者: 真打
第十一章 カルロと番傘薬師
257/422

11.6.移動中……


 翌朝、西形によって馬車が持ち運ばれてきた。

 全員が乗れるほどの大きな幌馬車であり、二頭で引くタイプのものだ。

 だが今回はそれでは少なすぎた。


 大量のロープを使って、鹿の群れに馬車を引かせている。

 馬が西形によって操られ、先頭を切って突っ走っており、馬車は想像以上の速度が出ていた。

 テールとメルは必死に馬車のヘリを掴み、その振動に耐えているところだ。


 御者席で指示を取っているのは船橋牡丹であった。

 脅威のバランス感覚でそこに立っており、マップを広げているレミからの指示を聞いて鹿の群れを誘導させていく。


「よ、よしよし……! いいよいいよ!」

「さすがですね船橋さん。この速度だったらすぐに着くんじゃないですか?」

「ん、んん……。距離が、ま、まだあるから……。次の鹿の群れに交代してもらうつもりだよ。もう既に待機してもらってるから、あとは現地に行くだけ」

「手綱の結び直しがちょっと手間ですね」

「そ、それは猿に任せる予定だよ。だからすぐに終わると思う」

「何でもできますね」


 動物に指示を出せるという魔法を所持している船橋の技量に、レミは素直に感心した。

 これだけの個体に指示を出すというのは非常に難しい筈だ。

 それもかなり離れた場所の鹿の群れも掌握しているらしく、既に集結させて待機させているらしい。

 このやり方であれば、昼夜問わず移動ができるので、最速でキュリアル王国へ向かうことができるだろう。


 幸いにして、夜は涼しい。

 焚火も必要ないくらいなので、寝床が固くなるという点を除けば特に問題はないだろう。


 一つ問題があるとすれば、メルの修行とテールの研ぎ作業ができないというくらいだろうか。

 とはいえ、テールは藤雪からあのような話を聞いてしまったのだ。

 とてもではないが、研ぎに集中できる余裕はない。

 不安の種が一つ増えてしまった以上、できる限りそれを取り除いてあげなければ、日本刀を研ぐことなどできるはずがないのだ。


 メルの修行はしばらく延期だ。

 この馬車が止まるのは食事を摂る場合でも長くて三十分程度。

 他はほぼ一瞬だ。

 不便はあるかもしれないが、この速度で夜も尚走り続けるのであれば、一週間程度で到着できるのではないだろうか、とレミは踏んでいた。


 しかし一つ問題がある。

 馬車はここまで速く走ることを想定して作られていないのだ。

 長い間この調子で走らせれば、何処かで必ずガタが来る。

 だが一行には心強い味方がいた。


「……わて、おもたかなか?」

「心配いらぬ」

「だらぁええけど……」


 この速度に臆すことなく、どっしりと構えて座っているのは葛篭平八。

 自分の体重で馬車が速く走れなくなるのではないか、と懸念を抱いているようだったが、それを払拭させるほどの勢いで走り続けているので、問題は確かにないのだろう。


 彼は過去の世界で大工をしており、様々な家や社寺仏閣の建造に携わった人物だ。

 その腕は一流であり、この世界の木のくせもすでに網羅している。

 葛篭の使用する道具は世界で一つしかない物であり、それさえ使うことができれば思うがままに木材を加工することができるのだとか。


 獣ノ尾太刀で木材を切ったところを見たことのあるテールは、彼の力があればこの馬車の整備は容易いだろうと思っていた。

 だが実際そのとおりであり、出発するまえに車輪の強度を上げたり、滑車をよくするために何やら塗り込んでいたはずだ。

 自分たちはよく分からなかったが、この幌馬車を持ってきた西形が言うには『前より走りが断然よくなった』と葛篭を褒めちぎっていた。

 馬を気にかける彼は、馬にかかる負担が少なくなればなるほど良いという。

 そのおかげで、鹿たちも軽快に走ることができているようだった。


 だが中にいるテールとメルにとっては堪ったものじゃない。

 ここまで高速移動する馬車に今まで乗ったことがあるだろうか。

 人間が使用するこの世界最速の移動手段は、一般的には馬しかないはずだ。


 というより、何故だか鹿が馬と同等の速度で走っている。

 いや、なんだか馬も普通に走るより速くなっているのではないだろうか。

 景色が流れていく速度が異常であり、それによって受ける風の強さも増しているように思えた。


「な、なんか速くないですか!? 鹿って馬に速度で勝てましたっけ!?」

「まぁ木々が多い場所だと鹿の方が有利だろうな。直線だと馬に軍配が上がる」

「ここ整備されてますよね!?」

「綺麗な道ではないけどな。だが船橋がいるんだ。こうなるのも無理はねぇ」


 方言を切り離した葛篭が、テールの問いに簡潔に答えてくれた。

 そして五本の指を立てて、それを向けてくる。


「船橋は五つの奇術を持っている」

「「五つ!!?」」

「一つは動物との意思疎通。これで猿とかに紐を結ばせたり、指示を飛ばしている。次に動物指揮。まぁ強制的に操ることができる奴だな。今は協力してもらっているから使ってないようだが。そして地形把握。わての獣ノ尾太刀と似たような力だ。だが木が多い場所でなければ使えない。次に木々伝達。木々を通して遠くにいる仲間や動物に呼びかけることができるらしい。そして最後に奇術付与」

「「奇術付与?」」


 前の四つも凄い魔法ではあったが、最後のは特に異質だった。

 動物は基本的に魔法を使用しない……というかできないのが基本だ。

 しかし船橋の魔法は、それを可能にしてしまうのだとか。


 今回馬と鹿に掛けている魔法は、シンプルに速度上昇魔法。

 文字通り走る速度が速くなるというものだ。

 だが付与している魔法はそれだけではないらしい。


 こちらを振り向いた船橋が、意気揚々と教えてくれる。


「持久力強化と耐久力強化も付けてるよ!」

「それ、馬車にもつけちゃくれねぇか」

「い、生きものじゃないと無理だよ?」

「冗談だ」


 まともに捉えるなよ、と葛篭は心の中で口にして苦笑いを浮かべた。

 冗談が通じない相手だとなんだか調子が狂う。


 なにはともあれば、これでキュリアル王国には比較的速やかに到着することだろう。

 だがその間に考えておかなければならないことが、幾つかある。

 葛篭は木幕に体を向け直し、テールの肩に手を置いた。


「木幕、作戦会議だ」

「うむ」

「えっ? えっ?」

「手前の師匠を救う手立てを、考えねぇとなぁ。なっ?」


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真打Twitter(Twitter) 侍の敵討ち(侍の敵討ち)
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