2.4.しつこい勧誘
店に入ってきたのは若い男性だった。
赤い短髪と焦げたような茶色い瞳に似合う顔だちはとても整っており、女性の方から近寄ってきてもおかしくない程の風貌だ。
黒い甲冑に背には大きめのロングソードが背負われており、腰には短めの剣も携えられている。
彼の取り巻きらしい三人の男も同じ黒い装備をしていた。
しかし店の中には入らず、外で待機をしているようだ。
メルたちのパーティーはこの男を嫌っていた。
面を合わせたくない程に。
「こんな所にいても面白くないだろう? 俺が面白い場所に連れて行ってあげようか!」
「お断り」
「どっか行けクズ」
「面を見せるなガーディウス」
女性なのにどうしてここまで汚い言葉が飛びだすのかとテールはちょっとだけ驚いたが、それだけ嫌われているということが分かる。
だがそんなことでは彼はまったくめげない。
軽く笑い飛ばして手を広げる。
「まぁまぁ。で、考えてくれたかな? 君たちのような美しい女性だけでは今後冒険者としてやっていくのはきついだろう? だから俺たちのパーティーに誘った。その答えを聞きたいところなんだが」
「何度も何度も何度も何度も言ってるでしょ。私たちはこのままで十分。男の助けなんていらない」
「まったく素直じゃないなぁ~」
「チィ」
話を理解することができない男なのだろうか。
久しぶりに顔を見たテールは彼への評価がまた一段階下がった。
明らかに下心が丸出しなのだ。
そんなんだとどんな女性からもこのように突っ放られるだろう。
とはいえメルのパーティーは美人しかいない。
メルは可愛らしいし、アイニィは美人という言葉がよく似合い、コレイアはおしとやかという言葉が似合う。
先ほどの言動で何かが崩れ去った気がするが、見た目だけで判断するならこうなる。
だからなのか、他のパーティーからの勧誘も多いらしい。
それが最近の三人の悩みだと聞いたことはある。
もちろんメルから。
すると、ガーディウスと呼ばれた赤髪の男がメルに近寄る。
「パーティーメンバーが増えるのはいい事しかないんだよ? まず人数が増えるから仕事の安全度が増すし、高難易度の依頼も受けることができるようになる。そうすればすぐにランクも上がるし、報酬も多く手に入って遊んで暮らせる生活を謳歌できるようになるかもしれない」
「不必要。私たちのメンバーはバランスも取れてるし、逆に人が増えると編成を考え直さないといけない。昔からの付き合いで二人の動きは分かってるし、二人も私の動きを解っているから合わせられる。今変にバランスが崩れると逆に危険」
「それは人数でカバーできる」
「私はお前らに合わせる気はない」
「じゃあメンバーはいつも通りで、とりあえずパーティーメンバーとしての申請をすればいいんじゃないか? あとで編成を変えることもできるようになる!」
「「「却下」」」
「わぁお強情だね」
ピリピリしはじめた店内。
明らかにメルたちのパーティーはご立腹で今にでも武器を手に取って襲い掛かっていきそうな雰囲気だ。
そうなる理由も分かるが……。
しかしテールはこの会話に参加できそうにない。
今預かったナイフのことでも考えようと、もう一度鞘と刃の確認をしようとした時、声を掛けられてしまう。
「おい不遇職。お前はどう思う?」
「……」
「おい?」
「……鞘の中も油が凄いな……。これどうやって取ろう……」
「あ?」
「割る訳にもいかないし……灰汁に浸けるかな……小麦粉のゆで汁でもいいか。あ、それだと鞘に使われている木が水を吸っちゃってしまりが悪く……」
「おい聞いてんのか不遇職!!」
壁を殴って音を立てる。
集中していたために声が聞こえなくなっていたようだ。
ようやく彼に目を合わせると、何故かご立腹だった。
しかしメルたちはなんだか面白そうに笑っている。
「?」
「で、どうなんだ!?」
「……え? 何がですか?」
「ああん!?」
「フフッ」
「あの声聞こえてなかったの? 凄いわねメルちゃんの幼馴染」
「でしょ?」
なぜ褒められているのか分からず首を傾げる。
これは喜んでいいのか微妙なところだ。
「で、なんですか?」
「俺と! メルのパーティーが! 一緒のメンバーになることについて!! どうだって聞いてんだよ!!」
「あ、止めておいた方がいいと思います」
「は!?」
「いやだって……普通に嫌がってるじゃないですか。なんで気付かないんですか」
「ああ!?」
「「あはははははは!!」」
その答えにメルとアイニィは大笑いして腹を抱えた。
コレイアも帽子を深く被って笑いを堪えているようだ。
この男にここまでの鋭い指摘をする人物など、冒険者のことを何も知らないテールくらいしかいないだろう。
実はこのガーディウスという人物、男の冒険者の中では割と上位に君臨する期待のルーキーなのだ。
彼の性格を抜きにするならば、冒険者としては今後一位二位を争う程の実力者になるとナルファムギルドマスターですら認めている。
なので彼に逆らう者は、ほとんどいない。
しかしメルはこの男のことについて一切話したがらないので、テールに何も話していないのだ。
なのでテールはメルたちの力を何とか取り込もうと奮闘している変な男、程度の感覚しかない。
だからしっかりとした指摘を彼に投げることができる。
「俺とメルが釣り合わねぇって言ってんのか!?」
「え? 釣り合う? いやそれ以前にめっちゃ嫌われてるじゃないですか」
「ちょ、ちょっとまってはははは! やめて、笑わせないでふふふふっ!」
「はははは! でもこれくらいしっかり言わないと駄目なのかもねー!」
「フフ……。メルの幼馴染、魅力はないけど性格は嫌いじゃない」
「コレイア!? 魅力はあるのよ! あるんだから!」
「はいはい」
今度は女性陣だけで盛り上がり始めた。
自分のことを言っているようではあるのだが……これも褒められているのかどうかわからない微妙なところだ。
そこで、持っていたナイフが小さく振るえた。
なんだと思って見てみるが特に何もない。
しかしその瞬間、剣を抜く音が聞こえた。
「っ!」
「貴様ぶっ殺し……っ!」
「……テールに何かしたら許さない」
腰の剣を抜こうとしていたガーディウスの前に、剣を彼の喉元に向けているメルがいた。
鋭い視線を送って殺気を放つ。
その圧に負けたガーディウスは静かに武器を仕舞った。
「……ふんっ、また誘いに行くよメル。今日は俺も君も機嫌が悪いようだからね。落ち着いた頃にまた君の前に現れるとするよ」
「二度とくんな」
ガーディウスはそう言い残して、ようやく店を去った。
扉を強く閉めたので大きな音が鳴ったが、損傷はしていないようだ。
しかし武器を向けられそうになるとは思わなかった。
素直に言いすぎるのも悪い事が発生することもあるんだなと反省しながら、持っていたナイフを鞘の中に納める。
「はぁー、懲りないわねあいつ……」
「本当にね。でも今日は短かった」
「メルの幼馴染のお陰」
「でしょー! じゃ、私たちも行こっか! んじゃテール、そのナイフよろしくねー!」
「うん。任せて」
メルは手を振って店から出ていった。
他二人も軽く手を振ってからメルについていく。
しかし思わぬ幸運が舞い降りた。
メル以外の初めての冒険者の武器。
これを綺麗に研いで切れ味を鍛えることができれば、少しは研ぎ師への考えが変わるかもしれない。
銀貨二枚の仕事以上のことをやってみようと心に決め、早速作業場へと引っ込んだのだった。




