10.25.勇者トリック
口からぼっと青い煙いが吐き出される。
それはすぐに風と雨によってかき消された。
「──」
トリックの体に力が入れられたということが分かった。
メルが咄嗟にその場を離れると、手首を返して手元でロングソードが回転し、地面を切っ先が抉る。
想像以上に鋭い攻撃。
彼はあまり強くないと話では聞いていたが、どうやらそんなことはないようだ。
先ほどのムカデよりも、よっぽど強い。
ぶんぶんと器用にロングソードを何度か回転させ、腰だめに構えると同時に地面を蹴った。
重いロングソードはその勢いについて来れずその場に一瞬停滞したが、常に握られている為引っ張られるようにして移動する。
大量の水滴を切り裂き、付着した水気をその一撃で払いながら水の剣の軌道が宙に描かれ、メルへと接近する。
横からの大振り。
だが付けられた勢いは想像よりも強く、速い。
回避が間に合わないことを悟ったメルは即座に防御態勢を取る。
そこで、水瀬の受け流しを思い出した。
ロングソードが両刃剣・ナテイラに接触する寸前、軽く地面を蹴って飛んだ。
メルが空中にいる間に攻撃は繰り出され、何とか防ぎはしたものの勢いはすさまじく、簡単にその場から遠ざけられてしまう。
だが、それほどダメージはない。
地面を滑って停止し、切っ先を向け直す。
水瀬は強烈な攻撃を受ける時、必ずと言っていいほど地面から足を少しだけ離していた。
それによってまともに受けることは避けられる。
ただ、慣れないとバランスを崩して転倒してしまいそうだった。
今回は運が良かったが、次も同じような芸当ができるか分からない。
「はっ!」
であれば、攻撃をさせなければいい。
即座に攻撃体制に移行したメルは姿勢を低くして大地を蹴った。
雨の中で足場は最悪だが、素早く動かなければその辺は何とかなる。
両刃剣・ナテイラを上段から振り下ろす。
それを危なげなく防いだトリックは即座に手首を回してロングソードを回転させ、別の角度から攻撃を仕掛けてくる。
伏せて回避し、足に力を入れて両刃剣・ナテイラを切り上げた。
完全に懐に入っており、隙だらけのトリック。
この一撃は必ず決まる。
ガヂャッ!
だが硬質な鱗が、メルの全力の攻撃を耐えてしまった。
この鎧、鱗で作っているので体の可動域付近もしっかりと守られており、隙間を狙うことが難しい。
それに今の攻撃で傷一つ付かないという硬度を持っているようだ。
驚いている間にも、トリックはロングソードを振り回す。
勢いを乗せたまま回転させて手首のひねりを使って一気に振り上げる。
間一髪回避したと思ったのだが、服を少し切られてしまった。
少しだけ血が滲むが、大した怪我ではない。
「……昔と、戦い方が変わってるわね」
「っ」
遠巻きに二人の戦いを見ていたレミが、そう呟く。
彼は昔あのような戦い方をしていなかった。
正統派の流派で、貴族たちが使用する剣術を嗜んでいたと記憶しているのだが、今は冒険者が編み出したような乱暴さも兼ね備えている。
ロングソードを手首で回転させて大きく振り回すのは、瞬時に構え直す時に使うことが多い動きだ。
だがそれを攻撃に運用しているらしい。
見てくれは若いが……その実力は全盛期そのものなのだろう。
どうやら彼の実力を再度評価し直す必要がありそうだ。
指揮統率能力に加えて単騎でも戦える実力を兼ね備えているのであれば、バネップに近い隊長格と同等の実力があるとみていいかもしれない。
だがメルは……そのバネップを倒している。
その自信は今も尚彼女の中にあることだろう。
「──」
「ほっ!」
鋭い乱暴な攻撃が繰り出されたが、メルは受け流して叩き落すという早業をやってのける。
体勢が崩れたトリックに切りかかるが、彼はぬかるんだ足場を巧みに使って滑りながら移動し、右足を軸にして回転し、攻撃を繰り出した。
流れるような一連の動きは自然過ぎて一瞬攻撃かどうかわからなくなる。
またしても服の一部を切られ、布が宙を舞う。
だがメルもやられっぱなしではいられない。
トリックの一連の動きが終わった瞬間、もう一度ロングソードを叩き落した。
切っ先が地面に突き刺さり、それを踏みつける。
「せい!!」
「──!」
ロングソードを踏みつけたまま、トリックの首を刎ねる様に両刃剣・ナテイラを振るう。
このままいけば勝負は終わっただろうが、そこまで甘くはない。
強引にロングソードが持ち上げられた。
「わわっ!」
攻撃は受け止められ、メルの体勢も大きく崩れる。
だが地面に刺さっていたおかげですぐに攻撃に転じることができなかったようだ。
今回は両者が同時に地面を蹴って引き、間合いを取った。
「ケフッ」
青い煙が再び口から吐き出される。
そういえば初めて侍ではない人物から青い煙が出ているところを見た気がした。
もしかすると彼はまだ……呪いに抗おうとしてるのかもしれない。
だが……やはり元には戻れなさそうだった。
もう一度青い煙が口から吐き出される。
そして……ロングソードが両手で握られた。




