10.24.修行の成果
滑り込むようにしてムカデの懐に入ったメルは、両刃剣・ナテイラを下段から斬り上げる。
上半身の体重を利用して攻撃をしようとしてきた呪いの化身だったが、想像以上に切れ味のいい刃によって真っ二つに両断されてしまった。
どしゃりと地面に落ちたが、長い足を使ってカサカサと動き、再び一つになって再生する。
すぐに反撃に出ようとしたムカデだが、いつの間にか後ろの回っていたメルは、今度は頭部をかち割った。
「──」
「まだ生きてるの!?」
びったんばったんとのたうち回ったので、即座にその場から離れる。
先ほどの滑り込みはレミと水瀬に教えられた攻め方の一つで、すり足をしながら飛び込むようにして地面を蹴り、下段からの攻撃を繰り出すために使われる。
接近速度が速くなるので、なかなか使い勝手は良い技だ。
基礎を柳に整えられたメルは、持久力を向上させていた。
彼の教えはスパルタに他ならなかったが、こうして成果として出ているのでやっていて損はなかったとようだ。
レミは長物という武器を扱い、間合いの取り方を教えてくれた。
今対峙しているムカデの脚は長く、その攻撃範囲を目測で即座に理解できていた。
一定の距離を取り、相手の動きに合わせて動くこともできる。
安全な間合いを知っておくというのは、戦いにおいて重要な要素の一つだ。
水瀬には手数の多い相手への対処法を教わった。
そういう相手は、基本的に軽い武器を使うことが多い。
そして軽装であることも多いのだ。
連撃は脅威ではあるが、間合いを理解し、相手の弱点となりえる力の強弱を把握すれば、大抵の相手は何とかなる。
このムカデも体は大きいが、攻撃力が高いのは顎だけだ。
カサカサと動く長い脚は数が多いだけで攻撃力は低く、防御力もそこまで高くない。
一撃を入れたメルは、手に伝わってきた感触でそれを看破していた。
あとは再生能力を何とかするだけだ。
「テールー! だいじょーぶー!?」
「うん、大丈夫だよー」
余裕そうな声を聴いてそちらを振り向いてみれば、溶岩をかぶせられたムカデがのたうち回っていた。
動きを封じるかのようにもう一度溶岩が被せられ、ようやく沈黙する。
本当に今回の呪いはそこまで強くないようだ。
どうしてこんなのを寄越してきたのか、疑問になるくらいである。
残っているのは今自分が対峙している個体だけのようだ。
むくりと立ち上がって牙を鳴らすと、懲りずに立ち向かってきた。
大きな牙をぐわっと広げて噛みつこうとするが、タイミングを見計らったメルはその場で跳躍する。
先ほどまでメルがいた位置をムカデが通り、ガチンッと牙を打ち鳴らす。
重力に従って落下する勢いを利用し、両刃剣・ナテイラをその甲羅に向かって突き刺す。
頭部から下二つ目に甲羅を見事貫いてムカデを地面に縫い付ける。
だがまだ生きていることを確認したメルは、ぐっと力を入れて力任せにナテイラを動かした。
「はああああっ!!」
剣だけに頼らない。
槙田の教えを常に頭の中に叩き込み、この状態で自分ができることを懸命に考え施行する。
両刃剣・ナテイラをムカデに突き刺したまま、地面も斬りながらムカデを調理していく。
縦真っ二つになるように滑らせていき、尻尾までやってきたところで剣を引き抜き、その場を飛びのく。
手首で剣を回転させながら血振るいをし、振り返ってみればムカデは絶命していた。
奇跡的にもこの呪いの化身の弱点である頭から三つ目の甲羅にある核を、強引に破壊したのだ。
パワフルな行動はスマートではなかったかもしれないが、大きな魔物と戦う時は大体こんな感じだ。
少し強めに息を吐いて、満足げに笑った。
『『弱くね? なんで?』』
『知らぬわ。だが油断するでないぞ小僧』
「分かってはいますが……」
テールたちも、まさかここまで弱い呪いの化身が現れるとは思っていなかった。
侍ではなく、この世界にくっついている呪いは弱いのだろうか?
『……もしかすると、もしかするとなのですが』
「なんですか?」
『先ほどの、先ほどの火遁使いに多くの呪いを使用したのでは』
『『あっ』』
『あぁ~~~~……』
「……なるほど」
決められた人にしか、呪いは掛けられていない。
無限に呪いを振りまくことができないのであれば、それは有限である可能性が大いに高かった。
なので不撓が口にしたように、その説明は理にかなっている。
もしそうなのであれば、トリックが呼び出した呪いの化身が、ここまで弱かったのも納得できるというもの。
とはいえ、あれらは決して非常に弱いというわけではない。
五メートル近い昆虫が襲ってきたら、大体の人は尻込みしてしまうはずだ。
冒険者ランクで例えるのであれば、あの個体はCランクの魔物に分類される。
討伐するのには冒険者の中でもそれなりに実力のある者でなければ相手をする事はできなかっただろう。
だがメルはAランクに近いBランクであり、テールに至っては魔法を多く備えた日本刀たちが味方に付いている。
メルやスゥに至っては言わずもがな。
長い間生きている彼らは、あんな生物に後れは取らない。
「──」
あと一人。
トリックはロングソードを肩に担ぎ、両手でその柄を握った。
足を大きく広げ、大振りの構えを取ってこちらを睨む。
テールに向かって一歩踏み出そうとしたところで、急に角度を変えてロングソードを振り下ろす。
甲高い金属音が鳴り響き、ギチギチと押し合いが始まった。
「私が相手です!」
「──」
トリックは標的を変えることにし、攻撃してきたメルを見下ろした。




