10.18.紅蓮焔の意思
明らかな殺意を持って歩み寄ってくる紅蓮焔。
纏っている炎の鎧からは真っ赤な液体が零れ、地面に落ちてじゅうと鋭い音を立てた。
周囲の水も、水気も吹き飛ばさんばかりに燃え盛る体が、その殺意を表している。
豹変した紅蓮焔に驚いたロストアは、一気に身を引いて切っ先を向けた。
だがそんなものでは脅しにもならない。
それにまったく脅威と思っていないようで、目を合わせようともしなかった。
見つめる先はただ一点。
槙田のみ。
「テールぅ……! こいぃ……!」
「無茶な!!」
いつ炎魔法を使ってくるか分からない相手に近づくのは危険だと、彼でも理解しているはずだ。
しかしあの存在を会話できるのはテールしかいない。
これはテールも理解している事ではあるが、いざ行こうと思うと足が竦む。
なにせ紅蓮焔から放たれる殺気と熱量が尋常ではないのだ。
槙田の味方をしようものなら、誰であろうと切り伏せるという意志を感じる。
テールが迷っている内に、紅蓮焔は一気に地面を踏み込んだ。
炎の柱が足元から噴出し、走って足を地面に着ける度にその場に炎が燻る。
折れた日本刀を振りかざして火球の如く勢いで突っ込んできた紅蓮焔は、その刃を槙田へと振り下ろした。
さすがにあの攻撃を喰らうわけにはいかない。
槙田もすぐに抜刀し、その攻撃を真正面から受け止める。
ギャヂイィンッ!!
鋭い金属音が鳴り響いたと同時に、熱波が周囲に吹き荒れた。
思わず顔を覆ってしまう。
鍔迫り合いの状態で押し合っている槙田は、紅蓮焔が作り出した炎の鎧に目を向ける。
これは自分の魔法の一つだ。
それがこのように使われることになるとは、思わなかったが。
「紅蓮焔ぁ……! 主に刃を向けるとはぁ……! 何事かぁ!!」
『懐かしい台詞! 忘れる事なきあの夜の仕合! そうだ、そうだそうだ!! 俺はぁ……!! 主と仕合った時が!! まっこと、心満たされた!!』
強引に槙田を押しのけ、引きざまに刃を振るう。
反撃を見事に防いだ槙田は、すぐに姿勢を低くした。
紅蓮焔も同様に、姿勢を低くする。
「炎上流!」
『炎上流!』
「『百鬼夜行!!』」
目にもとまらぬ連撃が、その場で幾重にも繰り返される。
太鼓でも叩いているのではないか、という程に素早い斬撃音と金属がぶつかり合う音。
そしてその音に負けない程の、熱量と空を切る音!!
日本刀同士が弾け合う度に熱波が周囲に広がる。
それを緩和させようと雨が更に強くなっていく気がするが、それに負けじと熱風が周囲を襲う。
顔を腕で庇ってその様子を見ていたテールは、紅蓮焔の言葉をしっかりと聞いていた。
日本刀、いや、武器が戦えない相手は一体誰か。
友人であっても、家族であっても戦えないことはない。
だが唯一……自身を手に持つ主だけは、どう工面したとしても戦うことができない人物だ。
奪われたり、盗まれたりしない限りは、であるが。
「も、木幕さん! 紅蓮焔って槙田さんと昔戦ったことがあるんですか!?」
「……ある。アベンという男が紅蓮焔を盗み、それを取り返すため、槙田がアベンに挑んだことがある」
「なるほど……!」
その時戦った槙田との一戦。
それは紅蓮焔にとって、二度と体験できない至福の時間だったのかもしれない。
できる事ならもう一度。
そう願い、紅蓮焔は炎の体を作り、こうして戦えるようになったのだ。
今、楽しそうに笑って槙田と戦っている彼のなんとも楽しそうなことか。
「槙田さん!!」
紅蓮焔の意志を理解したテールは、槙田に大声で声をかける。
地獄耳である彼であれば、今行われている激しい連撃の中でも言葉を聞くことができているはずだ。
そう信じて、彼が取るべき行動を明確にする。
「紅蓮焔を、倒してください!!」
「応!!!!」
上段から叩き割るようにして振り下ろした刃は、紅蓮焔に受け止められた。
だがそこから想像以上に強い力で押さえつけられていく。
弾くつもりが、避けるつもりが、その純粋な力によって封じられた。
『ぐ!!』
「俺と戦いたいかぁ……! よいぞ紅蓮焔ぁ……。武器が戦えぬは主、主が戦えぬは武器ぃ!! さぁその願いぃ……今ぞ叶えようぅ……!!」
『それでこそぉ……! 主なりぃ!!』
強引に押さえつけている刃を払いのけ、斬り返すようにして首を狙う。
槙田も跳ね上げられた瞬間即座に斬り返し、同様に首を狙った。
そして鋭い金属音。
先ほどよりも強烈な熱波が周囲を襲い、雨ですらもその衝撃波に揺らめいて蒸発する。
「『いざ、仕合おうぞぉ……!!』」




