10.9.原因不明
テール一行はようやく村から出立することにし、預けていた馬車と馬を引っ張り出して村長と村民に別れを告げた。
水瀬の魔法は水害から村を守ってくれていたので、誰もが名残惜しそうにしながら見送ってくれた。
馬車は知らない間に手入れをされていた様で、車輪などが綺麗になっている。
車輪が回りやすくなったためか、二頭の馬も軽々と引いてくれており、雨の中ではあるが案外早く移動はできそうだった。
馬は西形が面倒を見ていたので、万全な状態である。
あとはこの雨が止めば完璧なのだが……。
「本当にこの雨の原因があるの?」
「うーん、沖田川さんはそう言ってたけど……」
雨風に晒されない幌馬車の中でメルがテールに問う。
話をじかに聞いていたテールだったが、沖田川からはそれだけしか聞いておらず、何が原因でこの雨が降り続いているのか、その根拠は何なのかも聞けずに出立が決まった。
確かに村民たちの話からは『このような連日続く豪雨は初めてだ』と聞いてはいたが、それだけで原因がある根拠にはなりえない。
だが沖田川は何かしらの確信を持っていたように思う。
それが何かは、分からないままであったが。
二人の間の前では木幕とスゥが座って会話に耳を傾けている。
こうして出発したのは沖田川の進言によるものだが……木幕は二つ返事で頷いた。
彼の場合は同じところにずっと留まっているのが嫌だっただけかもしれないが、急ぎの旅であることには変わらない。
レミもそろそろ移動すべきだと判断していた様で、出立すると聞いてから三十分程度で馬車を走らせた。
彼らの用意周到さは一体何なのだろうか。
「木幕さん、雨が降り続く原因って分かりますか?」
「……思い当たらぬこともない」
メルの問いに、木幕は少し考えたあと、そう口にした。
外套を羽織って御者を担当しているレミの後姿と降りしきる雨を眺める。
「長い間生きていると、雨雲の動きが分かるようになる。この雲は、流れていかず……その場で作られ続けているようだった」
「「その場で?」」
風の流れ、水の臭い、雲の速さ風の強さなどで空を読む。
これは木幕はもちろん他の者たちもできるらしく、その中でも特に空模様を読むのに長けているのは木幕と沖田川だ。
滞在していた村で空を眺め続けたが、風向きは一切変わらず、更に雲は流れていくが雨が去らないことに違和感を覚えていた。
いつかは止むだろうが、ここまで大量の雨が降り続けるのは誰から見ても異常だ。
とはいえこれが故意的に作られているものだとは誰も思わないだろう。
なので今は、風上に向かって移動している最中だ。
幸いその方角がリーズレナ王国跡地の場所であるため、都合がいいといえばいい。
あと数日すれば、目的地に辿り着くだろう。
その間雨に降られ続ける可能性はあるが……それは仕方がない。
話を聞いたテールはふと思いついたことがあった。
槙田の魔法についてだ。
日本刀が各々魔法を所持しているのであれば、槙田の日本刀も何かしら魔法を所持しているはずである。
それが雨を発生させている可能性はないだろうか。
「……ええと、リーズレナ王国には槙田さんの日本刀……紅蓮焔があるんですよね」
「そうだ」
「魔法はどんなものなんですか?」
「炎だ」
その言葉を聞いて、テールの予想は砕け散る。
炎を使ってどう雲を発生させ、雨を降らせるというのか。
どう頑張ってもそれは無理だろうと思い、今まで考えていたことを振り落とす。
となれば別の原因があるのだろう。
考えても分からないので、実際に見なければならなさそうだが……。
『紅蓮焔……紅蓮焔……んんー……』
『『まだ考えていたの?』』
『喉まで出かかっているのだ……!』
『貴方に喉はないでしょう。……喉はないでしょう』
『二度も言うな!!』
ミルセル王国を発つ前に木幕が口にした紅蓮焔という名前を聞いた辺りから、灼灼岩金がうんうんと言いながらその日本刀の事を思い出そうとしている。
どうやら昔聞いたことがある名前らしい。
なかなか思い出せずにもやもやしているようではあるが、あれからずっとこの調子なので思い出すことはないだろうと思っている。
彼らの事は一度置いておいて、テールはメルを見る。
先ほどまで水瀬にコテンパンにやられていたはずだが、ケロッとした様子で座っていた。
怪我はしないといっても、痛覚はあるらしいので結構大変な稽古なはずだ。
痛みがあるからこそ成長できるのかもしれないが……。
「……? なぁに?」
「いや……。大丈夫? 思いっきり切られてたけど……」
「もう大丈夫よ。痛いのは一瞬だし。でも水瀬さん強すぎね……」
「あの程度で弱音を吐くでない。お主に足らぬは足捌き。二振りの水を切る刃をかいくぐってみせよ」
「がっがんばります……!」
そこで木幕の頭がカクンッと弾かれるように動いた。
誰かが叫んだようだ。
迷惑そうに眉間を親指で押さえながら、こんこんっと頭を一指し指の関節で叩く。
木幕も叫ばないようにと注意しているようだが、彼らは知っていて叫んでいるのだろう。
嫌な体質だなと思いながら、二人は苦笑いし、スゥはくすくすと手で口元を覆って笑った。




