10.7.失われた土地
以前レミから、リーズレナ王国はミルセル王国によって滅ぼされたと聞いている。
六百年前の魔王軍との戦いで勇者を失ったリーズレナ王国の損害は非常に大きく、国民たちの不安は募るばかりであったらしい。
だが隣国のミルセル王国は勇者が帰還し、称賛された。
だというのにリーズレナ王国では盛大な葬式を開くしかなかった。
誉ある死、ではあるが国としては面白いものではなかったようだ。
この違いに不満を持ったリーズレナ王国はミルセル王国に対し『前線で戦わなかったからそこまで損失がなかったのだろう』と批判した。
だがこの発言は、ミルセル王国に対しての侮辱であり、更に戦って死んだ仲間たち、引いてはあの時共に戦い、立派に魔王軍に立ち向かって戦死したリーズレナ王国の兵士への冒涜でもあった。
ここまではレミから聞いていた事だったが、沖田川は更に詳しい話をテールに教えてくれた。
リーズレナ王国が破滅へと向かった経緯だ。
魔王軍との戦いは、彼らが居なければ勝てなかった戦い。
ミルセル王国を批判したリーズレナ王国国王や貴族たちは、安全な後ろで守ってもらっていた立場だというのにどうしてそこまで戦いに出た者を批判することができるのか、とミルセル王国はもちろんリーズレナ王国に帰還した兵士たちも大きな不満を持った。
そして同時に……愛想を尽かした。
彼らは全員ミルセル王国へと靡き、国を捨てたのだ。
リーズレナ王国に残った兵士は魔王軍との戦いに参戦しなかった者たちであり、その数は大きな国とだけあってとても多かったが、あの過酷な激戦を生きて帰って来た兵士より質は劣っている。
「リーズレナ王国の勇者の仲間、ロストアもミルセル王国に移動したのぉ」
「あれ、勇者って死んでしまったんじゃないんですか?」
「いや、その仲間は一人だけ生き残った。だがまだ若く実力も過去の勇者に比べると見落とりしての。あまり期待されなかったのじゃ」
「な、なんか聞けば聞くほどひどい話が……」
「戦わぬ者はの、簡単に人を殺せると思うておるのじゃ。貴族などが良い例じゃの」
ロストアという人物はよく知らないが、ミルセル王国に移動したということは、もしかしたらトリックとはかかわりがあったのかもしれない。
だがその辺の詳しい経緯は知らないようだ。
話を戻そう、と口にして沖田川は続きを語り始める。
急に国を移動した兵士たちを返せ、とリーズレナ王国はミルセル王国に要求した。
だがミルセル王国としては、返せも何も奪ったわけでもなく、彼らがただ国に愛想を尽かしてこちらに流れて来ただけの事。
なのでその要求自体意味不明な物だったのだ。
それに、流れて来た兵士、冒険者にリーズレナ王国へ帰るように進言したとしても、それをまともに受け入れる者は誰一人としていなかった。
その後も対談や手紙でのやり取りを繰り返したようではあったが、次第にエスカレートしていき、ついにはリーズレナ王国側が『民を奪ったミルセル王国に罰を』という大義名分を掲げ、戦争にまで発展したのだ。
ミルセル王国からしたら理不尽極まりのない話だった。
だが彼らは……魔王軍との戦いで生き残った兵士たちを数多く抱えており、更にリーズレナ王国に不満を持った元リーズレナ王国兵士たちも参戦し、ロストアを筆頭にして軍勢を迎え討ったらしい。
「さすがに国を滅ぼしたのはミルセル王国の兵士だったがのぉ。彼らが育った国だけは攻めさせない、とトリックが彼らを止めたのじゃ」
「すごいですね……」
「まぁ……第三王子も魔王軍との戦いで苦汁をなめておったしの。その辺に関しては彼が工面してくれたようじゃ」
「第三王子? ミルセル王国国王の三男ですか?」
「ああ、そうじゃよ。あやつは昔の、功を急いて待機させていた場所から勝手に兵士を移動させ、医療班を壊滅に追い込みかけたのじゃ」
「ええっ!?」
彼が守っていた場所は非常に重要な役割を担っており、そこが手薄になると魔王軍が攻めてくる可能性があったのだ。
だが移動してしまって守りが薄くなり、突破されて医療班や領民たちに大きな被害が出た。
それを察知してすぐに駆け付けたのが、トリックだったらしい。
「トリックさんって、本当に凄い人だったんですね」
「機転の利く男じゃったな。じゃが実力としては今のメルと同等なのじゃよ?」
「えっ!?」
「じゃがその代わり、強い人望に恵まれておった。それと、兵法に明るくてのぉ。士気を上げたり、守り手に不満を持つ兵士にこの仕事の内容がどれ程重要なのかを説いたり……非人道的なことは絶対にさせなかったりと、人として模範となる人物じゃった。よいか、テールよ。勇者とは、必ずしも実力が伴うわけではないのじゃ」
勇者とは、勇気ある者と書く、と沖田川が地面に文字を掻きながら教えてくれた。
誰もがその実力を持っており、あとはどれだけ表に出すことができるかだ。
人として模範となっていたトリックは、その力を存分に発揮していたように思える。
実力はなくとも、最低限の強さを以てして、様々な人物からの人望を勝ち取った。
こうした人は、他にも数多く存在するだろう。
自分もそんな風になれるのだろうか、と思いつつ、手に持っているクナイを眺めた。
砥石にコトリと置き、研ぎを始める。
今回も、クナイは何も見せてくれなかった。
「じゃが……。そろそろ原因を突き止めねばなぁ」
「? 原因ですか?」
原因とは一体何の事だろうか。
首を傾げていると、沖田川は未だに黒い空を見上げつつ、呟いた。
「この雨の原因をじゃ」




