2.2.常連客
朝食を食べた後、カルロとテールの仕事は始まる。
綺麗な作業着に着替え、砥石と今日研ぐ予定の剣を準備し、桶に水を大量に汲む。
それを樽の中へと移し、いつでも使える様にしておく。
実は磨き屋としての仕事は意外と増えている。
貴族からの依頼が基本なので数が多いというわけではないのだが、羽振りはいい。
その大半は鍛冶師に持っていかれてしまうのだが、それでも十分な量の報酬だ。
生活する分には問題はないのだが、二人はそれでは満足できなかった。
研ぎ師とは、刃物の能力を最大限に生かすために研ぐ者。
なので使ってもらわなければ意味がない。
しかし磨き屋は刃を美しく綺麗にさせるものだという定着が根付いてしまっていた。
見るだけで満足してもらっているこの状況を覆すのは、まだまだ時間がかかりそうだ。
「……っし、やるか!」
白いシャツを着て腰には長めのタオルを巻いておく。
茶色のエプロンをずれないようにしっかりと結び、頭には額当てを付ける様に手拭いを巻いた。
前髪が邪魔にならないようにするためだ。
今日は仕事がないので、鍛錬に打ち込む。
久しぶりに自分が両親から貰った剣を取り出してきて、鞘から剣を抜いた。
姿を現したのは美しい輝きを放っている両刃剣。
既に手のつけようがないほどに完璧な仕上がりになっている物だが、テールはこれを更に磨く。
まずは刃先の鋭さを確認するために、指で切れ味を確かめた。
ぞりぞりと指紋を撫でるような感触が伝わってくる。
「んー、これは鞘が駄目なのかな……」
何度研いでも切れ味が落ちているのだ。
研ぎ終わった瞬間はもっと切れ味がいいのだが、鞘に仕舞って片付けておくと、こうして切れ味が少し落ちてしまう。
となると鞘に何か原因があるはずだ。
一度鞘に剣を収め、振ってみる。
するとカタカタと音が鳴った。
「あっ」
「それは研ぎすぎて剣の幅が小さくなっているから起こる現象だね」
「ですね。僕、そんなに研いでいたんですか……」
剣の鞘というのは打ったばかりの剣に合わせて作られるのが普通である。
しかし研ぎ続けていれば剣の幅が小さくなり、剣を収めた時に鞘の中で隙間ができてしまうのだ。
これを直すのは鍛冶師に頼まなければならないだろう。
自分たちの力ではできないことだ。
だが仕事を頼むのは嫌である。
ただでさえ昔に大喧嘩して嫌われているのだ。
仕返しの意味も籠めて中途半端な仕事をするに違いない。
とりあえず鞘は置いておき、今後は布に包んで保管することにする。
丁度いい布はなかったかなと探している時、外から声がした。
「ごめんくださーい! テールー! テーールーー!」
「お、古参客が来たみたいだね」
「ちょっと出てきますね」
「お願いね~」
女の人の声を聞いて、テールは剣をそっと置いて接客するための店の方に出た。
そこにはショーケースに多くの剣やナイフが輝いている状態で保管されており、壁にも同じように飾り付ける様にして武器が掛けられている。
貴族の使用人にどんな武器を飾りたいかを聞くために、こうして多くのサンプルを保管しているのだ。
もちろんこのすべての切れ味は保証できる。
カウンターに出るとすぐ飛び込んでくる女の子がいた。
そう、文字通り飛び込んでくるのだ。
「おわああ!!」
「久しぶりテールぅー!」
「あっぶな! 危ないから急に飛びついて来ないで!? ここにある商品全部凄い切れ味だから! 本当に危ないから!!」
「冒険者である私がそのことに気付いていないはずがないでしょっ!」
「そうじゃなくてぇー……」
短く切りそろえられた白い髪に赤く美しい瞳。
テールよりは背が低いが、それが可愛らしさをさらに強調している。
着ている軽装備はレザー防具で身軽さを特に重視しているらしく、重い装備はほとんど身に付けていない。
急所となる部位には鉄プレートを装備にはめ込んでいる。
肌を出すのは嫌なのか、それとも怪我をする可能性を下げるためなのか、顔と手以外はしっかりと服を着用していた。
彼女はテールと同じ村の出身であり幼馴染のメルだ。
成長してメルはとんでもない美人に化けた。
美しい、ではなく可愛らしいに極振りしたような顔立ちなので、冒険者や他の男の人たちからよく言い寄られているらしいのだが、すべて跳ねのけているらしい。
だが幼馴染ということもあって今の様に飛び込んでこられても別にドギマギすることはなく、あくまで冷静に対処している。
「ねぇねぇ! あれは!? あれはどうなった!? もう完成した!?」
「はぁ……。もちろんもうできてるよ」
興奮冷めやらぬといった様子でずいっと顔を寄せてくるメルを抑え、カウンターの下に隠していた木箱を取り出す。
カコッという子気味のいい音を立てて開けると、中からは少し分厚めの両刃剣が出現した。
それを丁寧に手に取り、メルに渡す。
「両刃剣・ナテイラ。輝き十分、刃も真っすぐ刃先は鋭い。でも刃こぼれが酷かったから剣の幅が結構小さくなったよ」
「そう? そんな変わらないけど……」
「見た目だとね。ていうかその子めちゃくちゃ硬い鉄が使われてたから、なかなか研げなかったよ。どこで買ったの?」
「ナルファムさんから貰ったの! 私の初めての剣よ!」
「ああ、どおりで……」
ナルファムギルドマスターは特殊な素材を武器や防具に使いたがる人物だと聞いたことがある。
それで鍛冶師や防具屋さんを困らせているらしい。
彼女の使う武器はすべてオーダーメイド。
だからそれを修理したり手入れしたりするのは、制作者にしかできないと言われている。
確かに癖の強さは一級品だったことを覚えている。
これだけ癖が強いと戦闘でも滅多なことがない限り刃こぼれはしないのだろう。
しかしテールがこれを預かった時は、目で見える程の刃こぼれがあった。
「こんな硬い鉄が欠けるって、一体何と戦ったのさ」
「盗賊~。本当はこの武器使う予定はなかったんだけど、その時それしか手元になかったんだよね」
「そうなんだ……。はぁ、どんどん先に行っちゃうなぁ」
「大丈夫大丈夫! テールなら……神様から剣術スキル貰ったらすぐ追いつくよ!」
最後の言葉はとても小さな声でそう口にした。
メルはあの事を知っている。
神託を受けた後に話をしてしまったので、知っているのは当然だ。
しかしこれはナルファムギルドマスターが他の者に言うことを固く禁じている。
ばれてしまえばいろいろ面倒なことになるからだ。
すでに手遅れになっている可能性もあるが、今までこうして普通に仕事ができているので特に問題はないのだろうと思っている。
もしかしたらナルファムギルドマスターが何かしら手を打っているのかもしれないが。
「でもなぁ……。もう五年だよ? まだお手紙来ないんだ」
「それは長いねー……。でもすぐだよすぐ!」
「だといいね」
「ねぇー、メルー? まーだー?」
そこで、二人の女性が店の中へと入ってきた。




