10.5.Side-カルロ-治療
モアが大声で口にした言葉にぎょっとする。
爆炎虫とは爆発する虫ではなく、吐き出す液体に触れると爆発に巻き込まれたような大火傷を負うことから名づけられた虫だ。
毒性は強くすぐに水で洗い落とさなければ、その火傷の跡痕も残ってしまう。
そんな危険すぎる毒を今の塗り薬に混ぜたというのだ。
驚いてしまうのも無理はない。
しかし鎮身は落ち着いた様子で、今塗った薬の詳細を口にする。
「いやはや、ご心配なく。無論その毒性は取り除いております。その毒を水に溶かすと、体を温める効果がある、生姜湯のようなものになると分かりましてな。飲むのではなく、塗るのですが。毒性を取り除くのにリデンの花の花粉を──」
「麻痺毒!?」
「……使いましてな。合わせることで、双方の毒性を消すことができたのです。痛みがなかったのは、そういう理由ですな。そして傷を癒す元となるのは、チリリの実で──」
「竜の巣にある……果実だと……!?」
「……回復効果は普通のものと劣りますが、効能としては、良いものと相成りました」
時々口を挟まれては言葉を止める鎮身は、ようやく説明し終えたと一つ息を吐いた。
どうやらモアはそういう危険な植物や、危険な土地についてよく知っているらしい。
本当に何者なんだろうか、という疑念を抱いていると、鎮身は彼に目線を向ける。
本当に目が見えているかのように、塗り薬を塗ってくれたことを思い出す。
だが常に目はつぶっているし、薄目を開けてみている様子でもなかった。
見ていないのにあそこまで正確に手の位置や傷の位置を把握できるものなのだろうか。
「では、貴方の番です」
「お、おお……。え、いいのか?」
「はい。わたくしめが診て差し上げたいので」
「んじゃお言葉に甘えるか」
鉄格子に近づき、傷口を見せる。
小さな傷なので大したことはなく、同じ様に傷薬でも貰っておけばすぐに治ると高をくくっていたモアだったが、鎮身は傷口を見た瞬間閉じていた目をかっぴらいた。
「こ、これは……!」
「え?」
その言葉に恐怖したのはモアだけではない。
カルロも、医者である鎮身が驚く様子を見てとにかく焦った。
見たところ、ただの切り傷だ。
血は止まっているが未だに治りきってはおらず、赤く痛々しい傷口が見て取れる。
「お、俺そんなに悪いのか!? え、死ぬのか!?」
「これは……ふぅむ……」
「お、おおい!」
鎮身が思案するそぶりを見せるだけでも、恐ろしさは膨れ上がっていく。
一体何が自分の体に起こっているのかさっぱり分からないのだ。
攻撃を受けた時、毒を塗られていたのだろうか。
それともなにか特殊な魔法を付与された武器だったのか。
思い当たる節が多すぎる。
余命宣告を聞くような顔は真っ青になっており、額から脂汗がにじみ出る。
そんな彼を見て、鎮身はニコリと笑った。
「冗談です」
「……おおん!!? おまっ! お、おまっ!! あんた悪い人だぁ!!」
「あはははははは!!」
「こんな傷、唾でもつけておけば治ります。悪い病気が入っているわけでもない。傷も塞がっておりますし、わたくしめの出る幕はないですな」
「なんだよぉおおおお……」
緊張の糸が溶けたかのようにして、その場にへなへなと座り込む。
これ程安堵したのはいつぶりだろうか。
先ほどのやり取りを聞いてカルロは思わず笑ってしまった。
だが久しぶりに笑ったな、となんだか嬉しく思う。
この時ばかりは冷たい独房を少し暖かく感じた。
しかし、何故鎮身はこのような嘘を言ったのだろうか。
それとなく聞いてみると、このような返答が返ってきた。
「怪我をした時は、これくらい焦った方が良いのです。強がる者は、掠り傷だの、この程度傷に入らぬだのと御託を並べますが、怪我は怪我。傷は傷。……傷の程度を推し量るのは、薬師の務め。決して己ではないのですから」
「確かに、そうですね」
自分で怪我の程度を決めてしまい、医者にかからない者は確かにいると思う。
それのせいで症状が酷くなるまで放置した挙句、助からなかった事例も多いはずだ。
人を助ける仕事ではあるが、そもそも病人が来てくれなければ、助かる命も助けられない。
そんな経験があったのかもしれないと思いながら、彼の言葉に深く頷く。
「いやでも患者で遊ぶのは良くない!! 絶対によくない!!」
「確かに……」
「ではカルロ殿。この塗り薬を差し上げましょう」
「あ、ありがとうございます」
「聞けよ!!」
未だに収まらない怒りの声と、その言葉を聞いて笑う二人の声が、独房を少し明るくさせた。




