9.18.一筋縄ではいきませぬ
ぼうん、ぼうん、と叩く音が次第に強くなっていく。
どうやらこれは水面鏡が辛うじて放つことのできる水魔法らしい。
初めは怖かったが、種が分かればもう怖くはない。
怯えながら歩いていた先ほどとは違い、足早に移動して水面鏡を探し出す。
どうやら水面鏡はトリック・アベラスの石像の周辺に埋まっているようで、掘り返すのは容易そうだった。
だが残念ながら、そう簡単には回収させてくれそうない。
音を頼りに向かった場所には、大量の石材が沈んでいた。
地盤沈下によって深々と埋まっているものもあり、この下に刀があるとなると回収するのは苦戦しそうだ。
まさにその下から、呼ぶ声がするのだが。
『『うわー……。テール、この下にあるみたい』』
「うっそぉ……」
目の前には巨大な教会が崩壊したような大量の石材が眠っている。
どれもこれも風化しているが、水流もほとんどない湖では朽ちることはなかったようだ。
海藻や藻がへばりついており、生物たちのいい棲み処になっているらしい。
だがその下にあるとなると、自分たちで回収することは困難。
これは土魔法を使うことができるスゥの力が必要そうだ。
しかし水の壁に叩きつけてくる音が、早く助けてくれと急かしている様にも聞こえた。
何とかしてやりたいのはやまやまだが、今はその術がないのだ。
一度帰ってスゥを連れて来ようと、水瀬に提案しようとした時、彼女は魂で形作った水面鏡を抜き放った。
「水の中なら、何とかなるわ」
突然、周囲が騒がしくなる。
地響きの様な振動が周囲から伝わってきており、水流が目に見えて分かるようになった。
これを水瀬が行っているというのだから驚きだが、水の凶暴さを見て一気に肝が冷える。
次第にその激しさを増していく水流は、地面に深々と埋まっていた石材をガバッと持ち上げた。
湖の中で、これだけ大量の水を動かせる魔術師の話など今まで聞いたことがあっただろうか。
過去に魔王軍と戦った戦士たちでもこのようなことはできなかったはずだ。
数々の伝説はあるが、ここまで盛られたような話は聞いたことがない。
そして何より驚いたのが、持ち上げた石材をすべて適当に放り投げるのではなく、水流を操って丁寧に積み上げているというところだ。
とても繊細な水流操作だと思いながら、その光景を見ているとようやく水流の荒々しさがなくなってきた。
砂埃が酷く未だに周囲が見えないが、そこで隼丸が指示を出す。
『『テール。そのまままっすぐ行くと水面鏡が落ちてる』』
「わ、わかった。水瀬さん、こっちです」
「ええ」
一切疲れた様子を見せない水瀬は、水面鏡を納刀した。
本物の水面鏡を大切そうに握りしめて、テールの後ろをついて行く。
先ほどいた場所から数十歩歩いたところで、水瀬の魔法の範囲にきらりと光るものが見えた。
しゃがんで取り上げてみると、それはもう一つの水面鏡だった。
今見つけているのは柄の部分だけではあるが、どうやら会話をするのにはこれで十分だったらしい。
ようやく聞き取れる声で、水面鏡が話しかける。
『『わーい!!』』
「おわわっ! っとと……びっくりした」
『『ありがとうだよー!! うう、この六百年……誰にも盗られないために水を生み出して隠れ続けた甲斐があったよぉ……!』』
「なるほど……」
この湖が生まれた理由はそういうことだったのか、と納得した。
これだけの水をよく作り出し続けていたものだ。
とりあえず水瀬にその柄を手渡す。
彼女は礼を言って、久しぶりに揃った水面鏡の一部を愛おしそうに見つめていた。
彼も再会を喜んでいるようで、とても気分がよさそうだ。
その様子を見ていると、腰に携えていた隼丸が鼻を鳴らすように息を零した。
『『テールー。まだ折れた刀身の方を探さないとだよ?』』
「うん、そうですね。でももうちょっとこのままでもいいんじゃないかな」
『『……まぁいいけどね。こいつに話もあるし』』
「……ん?」
なにか含みのある言い方をしたなと気付き、それについて聞こうとしたところで元気な声で水面鏡が声をかけてくる。
『『テールっていうのかな!? 僕は水面鏡! よろしく!!』』
「あ、よろしく……。元気だね」
『『主の手に戻れたからね! とっても満足!!』』
「テール君、なんて言ってる?」
「凄い喜んでますよ。水瀬さんの元に戻れて。あ、因みに男の子みたいです」
「そうなのね」
『『ふへへー!』』
ここまで喜んでいる姿を見ると、なんだかこっちも嬉しくなる。
見つかって良かったと思うが、あと二つ折れた刀身を探さなければならない。
とはいえもう意思疎通ができるので探すのにはそう時間はかからないだろう。
しかしここで懸念が生まれた。
この湖は水面鏡の力で維持できていたのだ。
湖の源である水面鏡がなくなってしまったら……。
この話は昨日、木幕たちとしていたのだが、結局いい案は生まれなかった。
このまま持ち帰ってしまえば確実にこの湖は腐ってしまうだろう。
なにせ水源がないのだ。
新しい水が入らなければ、どんどんひどいものになるのは明白である。
考えこんでいるテールを見た水面鏡と隼丸は、何考えているか察したらしい。
隼丸が水面鏡に問いかける。
『『おい水面鏡。この湖どうにかならないのか?』』
『『んーとね、なるにはなるよ。昔、隠れようとして水を作り出したのは良かったんだけど、大きな地底湖があったみたいで、壊しちゃったんだよね』』
『『お前がやったんかいこの地盤沈下!!』』
「えー……」
なんかとんでもない話を聞いてしまった。
というより主が居なくなった日本刀でも自分で魔法を発動させるだけの力があるということに驚きだ。
加えて地下を破壊するだけの力があると来た。
ここまで来ると放置されていてはいけない武器になるのではないだろうか……。
しかし当の本人は可愛らしく笑って許しを得ようとしている。
幼い男の子の声をしている彼がそこまで強大な力を有しているとは思えないが、この湖の水をすべて作り出したと知っているので、恐怖の方が勝りそうだ。
だが水面鏡はこの湖が何とかなると言っていた。
水の扱いに長けているので水源の位置を把握しているのだろうか?
『『まぁー、えーっとね。地底湖壊した時に崩落で水源を埋めちゃったんだよ。そこにある岩をどかせば、僕が居なくても湖は生き続けると思うよ』』
どうやら、やることは決まったようだ。




