9.15.水中捜索午前の部
翌日。
一行は朝支度を整えた後、早速アベラス湖へと向かっている最中だ。
昨日レミたちと合流し、宿に行く道中に西形の武器が見つかったということを教えてくれた。
水瀬の武器は未だに見つからないという話だったが、こちらはその情報をある程度確保している。
なので、運が良ければ今日にでも見つかるかもしれない。
因みにテールは西形の武器を見てはいない。
彼は常に懐に手を入れていて、盗まれないように大切そうに一閃通しの穂先を握っていたようだ。
刀身を見なければ声が聞けないので、なんだか寂しく思う。
だが六百年ぶりに見つかった武器なのだ。
大切にする気持ちは痛いほどよく分かる。
アベラス湖に到着すると、相変わらず綺麗な湖が太陽の光を反射して輝いていた。
朝散歩するには丁度いい場所だ。
道は綺麗に整備されており、小さな子供が落ちないようにフェンスが取り付けられている。
ここから見るだけでも、湖は広大だ。
遠くに小さな島があり、その上にトリック・アベラスの石像が建っている。
これは国の象徴となっているものなので、手入れなどもよくされているようだ。
そんな湖を見ていた水瀬が、期待に胸を膨らませながら準備運動をしている。
柔らかい体はありえない程の可動域を有していた。
「んーっ、よし! では木幕さん、行ってきます」
「気を付けよ」
「そんじゃテール君、行きましょうか」
「ほ、本当に僕も行って大丈夫なんですか……?」
『我らは置いていけ!! 水に濡れたくない!!』
「あ、はい……」
『『僕は行こうかな。何かあっても困るし』』
『私は置いていただけると、置いていただけると幸いです……』
昨日水瀬と合流した一行は、宿の中で作戦会議を行った。
水の中を長い時間捜索するのは非常に困難であり、このアベラス湖は地盤沈下が起こっており非常に水深が深い。
昔の家屋の残骸などが水底に沈んでいる可能性もあり、埋まっていると思われる水面鏡を探すのは困難を極めると考えられたのだ。
そこで抜擢されたのが、水瀬とテールである。
水瀬は水を操る魔法を有しており、それで湖を割ることができるのではないか、という問いに対し彼女は『簡単です』と事も無げに頷いた。
水底を長い時間ん歩くのはこれで解決できるのだが、問題はその広大な土地からどの様にしてある程度見当を付け、水面鏡を探すかである。
この役目に目を付けられたのが、武器の声を聴くことができるテールだ。
刀身を見なければ声を聞けないという制約はあるが、灼灼岩金が刀身を見たことがない柳の日本刀の声を聞いていたことを思い出す。
隼丸がいるのであれば、彼が声を聴いて教えてくれるだろう。
ということでテールと水瀬はフェンスを越える。
すると水瀬にトンッと背中を押された。
「うわああ!?」
急に何をするんだと言いたかったが、言葉より着水する方が早い。
湖に沈むかと思いきや、水が地面の様に硬くなっており水の中に沈むことはなかった。
服は少し濡れてしまったが、これくらいであれば問題ない。
水の上に立っているという初体験に感動していると、足場がどんどん沈んでいく。
テールの隣りに水瀬がやって来て、同じ水の足場に着地する。
水の壁が周囲三百六十度展開されているが、水が迫ってくる事は一切ない。
水中の中を鮮明に見ることができ、奥には海藻が水の流れに乗って揺らめいており、魚たちが気持ちよさそうに泳いでいる。
初めて見る光景に興奮しているテールと隼丸は感嘆の声を上げていた。
しばらくして水底に到着する。
足場は先ほどと同じ水なのだが、底が近いということもあって歩くのに違和感はない。
水瀬がその場を移動すると、水の壁も一緒に移動した。
「す、すごい……」
『『こんなことできんのかー。……そう考えると僕の奇術地味じゃない?』』
「でも初見殺しじゃないですか」
『『えー、もっとどーんっとか、ばーんっとかできる派手なのが良かった』』
「あははは」
隼丸の魔法も反則級だと思うが、と思いながら苦笑いする。
意外と目立ちたがりだったようだ。
気を取り直して周囲を見てみると、ほとんどが泥で覆われいる。
だが石材が幾つか沈んでおり、そこから海藻が生えていることから相当古いものだということが分かった。
この辺り一帯が捜索範囲……。
そう考えると気の遠くなりそうな作業になりそうだ。
周囲を注意深く見ながら、水面鏡を探していく水瀬。
その後ろで見落としがないかをテールと隼丸が探していく。
時々地図を取り出しながら、ここがどこら辺なのかを確認しつつ、捜索範囲から外れないように移動し続けた。
「……見つかりませんね……」
「声も聞こえないかしら?」
「刀身を見ていないのでなんとも……。隼丸は何か聞こえない?」
『『んーにゃ、なーんにも』』
「この辺じゃないのかなぁ……」
地図に小さくバツ印を書き込む。
ベムテイルの話から推測するに、この辺りに埋められているはずだ。
とはいえその範囲は二人で探すには大きすぎる。
かれこれ二時間が経過しているが、見つかる気配がない。
そこでふと思ったのだが、ここまで凄い魔法を使って水瀬は大丈夫なのだろうか、と心配になった。
魔法は魔力を使用して扱うものだ。
テールには魔法の才能は皆無なので分からないが、魔力がなくなると辛いと聞いたことがある。
それとなく水瀬に聞いてみると、ケロッとした表情で首を傾げた。
「魔力?」
「えっ。魔力を知らないんですか?」
「知ってるけどよく理解はしていないわね。まぁ私たちの場合は武器に奇術が宿ってたから、そんなのは気にしたこともなかったわね」
「ああ、なるほど……」
それなら魔力切れがないはずだ。
納得した後、再び水面鏡捜索を再開した。
とはいえやはり簡単に見つかるようなものではないらしく、捜索は難航した。
気付けば太陽が真上にあり、腹の虫もなってくる頃合いだ。
一度戻ろうということになり、午前の捜索はここで幕を閉じた。




