9.13.奪取
滑り込むようにして懐に入った西形は、大男の腹部をとりあえず蹴ってみる。
だが案の定分厚い筋肉の装甲が邪魔をして、大したダメージは入れられなかったようだ。
すぐに上から大きな手が降ってくるが、それを素早く回避して後ろに回る。
機動力としては西形が優勢。
力、耐久性は大男が優勢だ。
こうなってくると単純な火力勝負では敗北の色が濃くなってくるので、どうにかして技で仕留めるしかない。
だが彼はそういう相手を何度も相手にしたことがある。
金砕棒を持って迫ってくる相手などには、有効な手段が一つあるのだ。
一度距離を取った西形は構えを変えた。
棒立ちとなり、片手だけを相手に向けている。
そのままの状態で無防備に接近した。
舐めているのか、と大男は額に青筋を浮かび上がらせて渾身の力で拳を振るった。
仲間のほとんどを倒したことによる罪は大きい。
その怒りもすべて込めて放った攻撃であったが、それは簡単に躱された。
とん、と空ぶった拳の手首を掴む。
くいっと引っ張ってみると、大男が顔から地面に倒れてしまった。
「ああ、合気ですか」
「なるほど」
遠目から見ていた水瀬は、西形が使った技の事を知っていた。
レミも何度か手合わせして知っていたので、大して驚きはしなかったが、あそこまで体格の違う相手ともやり合えるものなのかと少し感心する。
西形はそのまま肩甲骨辺りを踏みつけ、掴んだままの腕を後ろに引っ張り上げる。
大男の関節が軋み、嫌な音が鳴ったところでその手を離した。
ただ一人立っている西形を見た観衆は、大きな歓声を上げて盛大な拍手を送ってくる。
それに驚いた西形は狼狽した。
今まで怒りに任せて集中していたので、ここまで人を集めているということに気付かなかったのだ。
マズい事をしてしまった自覚がようやく芽生え、顔を青くしながらそそくさと一閃通しの穂先と柄を回収する。
そのまま逃げるようにしてその場を離れると、再び大きな拍手が湧いた。
「……とりあえず一件落着ってことでいいかしら?」
「いや、駄目でしょう……」
「っ」
奇跡的に穂先も柄も回収できたことには喜ぶべきかもしれないが、如何せん犠牲が大きすぎる気がする。
死屍累々となった現場に呼ばれてきた元締めがようやくやって来て、何事だと騒いで一団の仲間たちを介抱しはじめた。
誰も死んではいないだろうが、怪我は少なからずしているようだ。
その現場から目を逸らした水瀬は、口笛を吹きながら西形を追った。
レミとスゥは目を合わせ、小さくため息をついてからその後を追う。
レミがここで怪我人を治療してもいいのだが、彼女の魔法はレベルが高すぎる。
使っているところとその効力を見られてしまったら、目を付けられることになるのは確実だ。
さすがにそれでは旅に支障が出る可能性があるので、ここは知らぬ存ぜぬを貫くことにした。
三人が西形を追っていくと、彼はアベラス湖の近くにあった樹木の陰に背を預けながら、大切そうに一閃通しの穂先を手拭いで包んでいた。
しっかり結んで刃が飛び出ないようにしたあと、それを懐に仕舞う。
ポンポン、と満足そうに仕舞った刃を撫でる。
「良かったわね、正和」
「はい! 折れてはいますが槍は槍……。これでテール君に任せることができそうです」
「早いところ、木幕さんの負担を減らしてあげないとね」
「ええ」
手に持っていた柄を眺め、そう呟く。
一閃通しの柄は真っ黒であり、穂先付近には鉄細工が仕込まれており、その強度を上げている。
しかし石突だけは失われており、そこには何もなかった。
だが西形本人はそれに関して気にしていないようだ。
かくいう水瀬とレミも、そのことに触れはしない。
ある場所を知っているのだから。
「なんにせよ西形さんの一閃通しは確保できましたね。次は水瀬さんです」
「そうですね。ですけど、手掛かりが何もないですからね……。心配です」
「僕の一閃通しも見つかったのですから、姉上の水面鏡もきっとありますよ!」
「ま、それもそうですね」
とはいえ期待は薄い。
小さく嘆息した後、近くにあった広い湖を目にした。
何の変哲もない湖であり、その中央には小さな島があり石像が立っている。
あれがあのトリックだというのだから驚きだ。
魔王軍との戦い方ずいぶん出世したんだな、と思いながら風に吹かれた立つ波を見つめた。
「丁度いいし、私はこの辺りを見て回ってきますね」
「では僕はここで待っています。レミさんはどうしますか?」
「一度合流しようかと思います。西形さんの一閃通しが見つかったことも報告しておきますね」
「分かりました。お願いします」
軽く会釈をした後、レミとスゥはその場を離れる。
空を見上げてみればもう日が傾き始めており、しばらくすれば暗くなってくるだろう。
宿に案内する頃には日は暮れているだろうなと思いながら、スゥの索敵魔法を頼りにテールたちと合流しに向かったのだった。




