1.16.Side-??-鎖と亡霊
森の中で生ぬるい風が肌を撫でる。
こういう日は心底嫌になると思いながら、服をパタパタと動かして空気を送り込む。
その様子を見て周囲に浮いている数人の白い塊が笑っていた。
きゅらきゅらという妙な音を発しているだけで、何を言っているのかはまったく分からない。
しかししゃがんでいる男はその言葉を完璧に理解している様だった。
彼はぼさぼさの髪の上に額当てを装着しており、袖の広い七分丈の服を着ている。
腕には綿が入った布を巻き付けており、その上に鎖をグルグルに巻いているようだ。
酷く目つきの悪い男は声を聞いて小さく口角を上げた。
「なんか面白いことあったかよ」
『──』
「へぇ、そいつぁ皮肉かい。まぁ、俺も今となっちゃお前らと同じ立場だなぁ」
『──! ──!』
「仕方ねぇだろ死ねねぇんだから。いや、死んでんのか。あ? どういうことだこりゃ?」
『──』
「あ、そうそう! お前らと同じってこと!」
きゅらきゅらという鳴き声と共に男も大笑いをする。
ひとしきり笑って満足したのか、男は大きなため息を一つはいてうんざりしたような顔になった。
後ろから血の匂いが漂ってくる。
今は外、更に夜なので魔物が活発になる時間だ。
振り返ってみれば血で体が真っ赤になった蛇が、こちらに目線を合わせていた。
ずいぶんと大柄な蛇だ。
鱗を剥げば防具を数百人分くらい作れるのではないだろうか。
その巨体な体を真っ赤に濡らすのに一体どれだけの生き物が犠牲になったのかは考えたくないことだ。
だがそこで、きゅらきゅらと声がした。
「あ? ……ああ、あれあいつ自身の血なのか」
白い塊に指摘されてよく見てみれば、鱗の隙間から蛇自身の血が流れ出ているということが分かった。
生き物を殺して体を真っ赤に濡らしているわけではないらしい。
しかしそこまで血を流し続けていて死なないのだろうか?
そこでまた声がする。
声曰く、あれは粘液に近い毒なので血液ではないようだ。
ややこしいなと心の中で悪態をついてから、片腕に巻いていた鎖を投げて伸ばす。
一度引っ張って手元に戻し、ヒョウヒョウと音を立てながら回した。
「ま……だからどうしたって話だがな……」
「シシャアアアアア!!」
ズパンッ。
突然、大柄の蛇の顎から上が吹き飛んだ。
ぴたりと動きを止めてようやく体が死んだらしく、ずんっと音を立ててその場に崩れ落ちる。
回転させていた鎖を手の中に納め、また腕に巻いた。
それから大きなため息をつく。
『──?』
「嬉しかねぇさこんな雑魚倒したってよぉ……。はぁー……マジでやりがいのある奴と戦いたいぜ……」
『──』
「ばっかお前、戦って死ぬからこそ意味があるだろ!! 自害なんてまっぴらごめんだぜ! ケッ!」
『──? ────』
「……いやそうなんだけどさぁ……。いやマジで俺たちと戦える奴って俺たち以外にいんのかこの世に……」
『『『『──?』』』』
「だよなぁー……。はぁー……」
とりあえず立ち上がって……鎖を少しだけ伸ばす。
次の瞬間蛇が解体された。
鱗はすべて剝ぎ落とされ、皮も綺麗に捌かれて肉もブロックになって落ちている。
解体された蛇は周囲を漂っていた白い塊たちが回収して、一つの袋の中に仕舞った。
どれだけ大きくても何でも入る魔法の袋だ。
一方男はというと、ナイフを手に持って切り飛ばした頭の目玉をくり抜いていた。
ギョロッとした目玉をまじまじと見つめた後、後ろに放り投げて魔法袋の中へと入れる。
もう一つも同じように抉り抜いて投げた。
「あ、やっべ毒洗い流すの忘れてた」
『『『『──!』』』』
「まぁいいやこの袋使い捨てにするか」
『『──!?』』
白い塊が何か言って止めようとしているが、男は無視を決め込んでいる。
背中を伸ばして音を鳴らす。
「さぁ、仕事も終わりだ。帰るぞ」
『『──……』』
呆れた様子で解散する白い塊。
小さくなってとけるように消えていった。
一人になった男は額当てを取ってぼさぼさの長い髪の毛を後ろで束ねる。
魔法袋を懐の中に入れてその場から立ち去ろうとするとき、先端に何もついていない鎖を見てしまった。
彼の持っているのは本当にただの鎖だ。
昔はこの先端にとあるものが付いていたのだが、今はない。
「……何処にあるかも分からねぇんだ。もう諦めがついたはずだろ」
頭を振るって思い出してしまった記憶を払いのける。
またため息を吐いてから、ようやくその場所を移動したのだった。




