9.2.合流
乾芭道丹をなんとか倒すことに成功したテールと辻間、そしてスゥは数日その場に留まって野宿をしていた。
その理由は木幕たちがこちらに向かってきているということが分かったからだ。
灼灼岩金と獣ノ尾太刀が教えてくれたのだが、乾芭を退けたことが分かったのか進む速度は非常にゆったりとしたものだったように思う。
馬が怪我をしているので仕方がないと言えば仕方がないのだが。
テールとスゥは基本的に食料調達や焚火に使用する薪を集めに行ったりと、忙しなく動き回っていた。
辻間は怪我で動くことができず、その場でただ空を眺めるだけの生活が続いた。
話し相手が居なくなると口笛を吹いて暇を持て余していたようだ。
食料や水は何とか確保することができ、合流まで安全に過ごすことができた。
その間、テールは研ぎの練習のために沖田川から指示されていたクナイを研ぐ作業を何度も繰り返した。
手渡されていた物は既に半数以下にまで減ってしまい、そろそろ底をつきそうだ。
だがこれはスゥが持っていた物なので、彼女から追加のクナイを数十本手渡された。
まだこんなにあるのか、と思いながらもありがたくそれを受け取り、再び研ぎに入る。
そして乾芭が所持していた忍び刀、不撓だが……。
結局、テールの背に収まることになった。
辻間は鎖鎌以外の武器を使用する気はないらしく、断固として受け取らなかったのだ。
それに大きなショックを受けた不撓は、ふてるようにして口をつぐんでしまった。
隼丸と一緒に慰めようとしたのだが、返ってくる返事はなく、すすり泣く声が真夜中に時々聞こえるだけ。
さすがにこれは精神的にキツイ、と二振りの日本刀とひそひそと話ながら一緒に嘆息した。
面倒くさい武器だと一笑する灼灼岩金を隼丸が叱責したりしていたが……そんな時でも彼女は怒ったりすることもなく、ずっと口を閉ざしたままだった。
ようやく口をきいてくれたのはそれから四日後の事だ。
吹っ切れたのか、心の整理がついたのか分からないが、テールの背に収まると提案してくれた。
やっとあの気まずい雰囲気から解放されると内心で喜んだテールと二振りは、これからしばらくよろしく、と挨拶をして正式に不撓を仲間入りさせることに成功した。
『んで? 結局お主の奇術ってなんなのだ?』
『毒、毒にございます』
『『それは分かってるんだけど……。なんか沢山奇術使ってたでしょ? ほら、分身とか、毒煙とか……。どういう原理なのさ』』
『基本は毒、毒を使います。それが人の姿となれば分身に。分身となるのです。我が主は死んでこの世に呼ばれたため、元は死体だったのでございます。ですが、ですが奇術により毒に魂を宿したのです』
乾芭が藤雪に殺されたという話は、本人から聞いたことなのでこれは間違いない。
邪神は死体をこの世界に持って来て、毒そのものに魂を宿したのだという。
それを様々な形に操ることができる不撓は、彼からすればとてもいい魔法だったのだろう。
『毒の分身は、本体に成りえます。再生不可能な奇術を貰ったとしても、毒があればそれが本体に成るのです』
「分身の間を移動できるのか……」
『憎き藤雪には圧殺されましたが……!』
「……あ、そういえば」
不撓の言葉を聞いて、ふと思い出したことがある。
というか何故これを思いつかなかったのか疑問だが……。
「藤雪さんの魔法って、どんなのなんですか?」
結果的に戦うことになる相手の事なので、今手の内を知っておいても問題はないだろう。
幸いにもここに藤雪と戦った日本刀たちがいるのだ。
有力な話は聞けるはずだ。
と思っていたのだが、彼らの反応は微妙だった。
全員が喉を鳴らしており、難しそうに考えこんでいる。
「え、どうしたんですか?」
『……はっきり言おう。分からんのだ』
「分からない?」
隼丸の方を向いてみても、似たような返答しか返ってこなかった。
もちろん不撓も同じ反応だ。
確かに彼らの魔法は特殊なものが多い。
隼丸と不撓がいい例だろう。
瞬間移動なのか早送りなのかよく分からない魔法だったり、分身が本体と入れ替わったりする魔法なのだから、特殊と言わざるを得ない。
そう考えると灼灼岩金は意外とシンプルな魔法だなと思う。
その分扱いが非常に簡単なので、やろうと思えばその辺全ての大地をひっくり返して擬似大噴火を起こせそうでもあるが。
しかし彼ら全員が答えられないとは思わなかった。
悩まし気にしながら、不撓が口を開く。
『私の場合……私の場合は圧殺されました。分身を出す間もなく、一つにまとめられて小さくなってしまったのです。勝負は一瞬で、一瞬で決まりました』
『んん……我も似たようなものだな。主が奇術を使った途端、溶岩の動きが完全に止まってしまったのだ。今思い出しても、何をされたのか分からぬ』
『『僕の奇術は初見殺しなんだ。近づいて一回でも使用すれば大体倒せる。でも藤雪は倒せなくて、こっちが奇術を使ったことが分かった瞬間、奇術が使えなくなったんだ。いや、使えたのかな。でも使えなかった……』』
うーん、と彼らが唸っている姿を、テールは難しい顔をしながら眺めていた。
ここでどんな魔法を使ってくるのか分かればよかったのだが、そもそも理解する前に彼らの主は倒されてしまっているらしい。
一体どれほどに強力な魔法なのだろうか。
木幕でも勝てない程のものなのかもしれないが、そもそもテールは木幕の魔法をあまり良く知らなかった。
だが情報はまだ集められる。
日本刀を回収していけば、藤雪の魔法に必ず辿り着くはずだ。
大きな危険も同時に襲い掛かってくるが、それは何とかなると信じよう。
「お、おーいテール。どうやら、お迎えが来たようだぜ」
「おっ」
辻間の言葉を聞いて周囲を見渡してみると、確かに馬車がこちらに近づいてきているのが分かった。
御者を務めるレミの隣りで、メルが大きく手を振っている。
ようやく肩の力を抜いたテールは、立ち上がって土を払った。
「じゃ、行きましょうか。ミルセル王国に」
「そーだなぁー。その前に早く治してもらわねぇと……」
「ですね」
焚火の始末をしながら、馬車がこちらに来るのを待ったのだった。




