8.32.一息
大の字に寝転がって、三人で空を見上げる。
一人は完全に動けないが、生きているので良しということにして欠伸をした。
こうしてのんびりするのもいいものだと感じながら、目を閉じる。
特段何かを感じることはないが、そこにいるだけでも気が晴れるような気がした。
『『てかさ、普通に強敵だったよね。あいつ』』
『ああ、その通りだ。忍びでなければ、我の奇術で一網打尽だったというのに』
『『僕の奇術の弱点も見つけてきたし。死ななかったし……』』
『我が居なければ確実に皆死んでいただろうな』
「た、確かに……」
今回の一番の功労者は灼灼岩金だろう。
彼の溶岩を操る魔法がなければ、そこまで乾芭を追い詰めることはできなかった。
そのおかげで毒を容易に使えなくさせることもできたし、殺すことすら叶わなかっただろう。
「……研ぐ時、一番初めに灼さん研ぎますね」
『一番初めでいいのか? 我の奇術は貴重だぞ?』
「まぁ確かにそうなんですけど……。僕がそうしたいので」
『そうか。好きにするがいい』
自分ができる恩返しは、今のところこれくらいしかないのだ。
とはいえ灼灼岩金もなんだか嬉しそうではあった。
それと同時に名残惜しいという感情もうかがえたが……。
首を動かして辻間がテールの方へと目線を向ける。
感心したような表情をしながら声を掛けた。
「本当に喋れるんだもんなぁ、お前」
「まぁ……」
「羨ましいぜ。早く俺の蛇弧牢を見つけて言葉を聞かせてもらいたいものだ」
「だけどお弟子さんが何処かに持って行ったって言ってませんでした?」
「ああーそれなんだがなぁ……」
腕を組み、呆れた様子で息を吐いた。
「どうやら、魔族領で死んだらしいんだよ」
「え、そこでそんな情報を?」
「前に木幕がよぉー、今更ながら教えてくれたんだわ。なんで隠してたのかって聞いたら、聞かれなかったから、だってよ。ったくふざけやがって」
「あははは……」
確かにあの人らしい返しだと思いながら、苦笑いを浮かべた。
辻間としても自分の武器がどこでなくなったのか聞くのは自分の理に反すると思ってしばらくは自分で探していたのだ。
しかし魔族領に行っても見つかることはなく、結局諦めた。
だというのに蛇弧牢がある場所を知っているというのだから、怒らないわけがない。
あの時は大声で西行と共に抗議したものだ。
武器を探すことにならなかったら、このまま永遠に教えてくれることはなかったのだろう。
まったく、と苛立ちを露にする辻間だったが、目的地が見えて満足ではあった。
今まで手元になかった武器を探しに行くのだ。
今向かっている先は魔族領とは反対の方向ではあるが、そう遠くない未来に自分の手元に戻ってくるということが分かっているので、回収に時間がかかるのは特に気にしてはいない。
それよりも、やはりテールの師匠を救い出すことの方が先決だ。
「……ふぅむ、だがテールの師匠を助けるのも一筋縄ではいかねぇかもなぁ」
「そ、そうなんですか? 木幕さんの仙人っていう立場があれば何とかなると思いましたけど……」
「ああ、その辺は心配してねぇんだ。どちらかというとな……その、侍の方が懸念でな」
「なるほど……」
辻間の言葉に焦りを感じたテールだったが、最後まで話を聞いてみて合点がいった。
各国で有名な仙人が来たとなれば、そう簡単に門前払いはできないだろう。
その付き添いにテールがいたとしてもだ。
だが問題は、藤雪が殺した侍が来る可能性があることだ。
今まで戦ってきた相手を鑑みるに、とんでもなく強い能力を持った人物が召喚される可能性がある。
それに邪魔される可能性が上がるというのが、辻間が抱いている懸念だ。
言われてみると、確かに危険だと思う。
あそこには数多くの国民がいるし、彼らが巻き込まれることになるかもしれないのだ。
「カルロさんは無事に助け出せるけど……その間に侍が来るかもしれない……ですか……」
「乱馬みてぇな奴ならまだいいが……。里川や乾芭みたいな奴だと骨が折れるんだよな」
『何を言いますか! 何を言われますか!!』
「わわっ」
突如、聞き覚えのある声が真横から聞こえた。
見てみれば、そこには乾芭が持っていた忍び刀不撓が転がっている。
回収してはいなかったのだが……どうしてここにあるのだろうか。
その視線に気づいたのか、隼丸が意気揚々に声を上げる。
『『僕が回収しておいたぞ! 何かに使えるだろうからな!』』
「あ、ああ……。なるほど。まぁ全員の武器を研がないと呪い解けないもんね……。ありがとう隼丸」
『『おう!』』
ナイアから頼まれたことも完遂させなければならない。
その為には彼らの持っていた武器が必要だ。
回収してくれた隼丸には感謝しかない。
だが彼女の反応を見るに……隼丸と同じで少し説得に時間がかかりそうだなと思えた。
しかしそれは、話を聞いている内に違うと断言できた。
『主様を倒した手腕をお持ちの貴方様がそのような相手に後れを取ることはありません! 後れを取ることは万が一にも御座いません!』
「……お?」
『なにやら、妙な性格をしておるな』
『『さすが忍び刀って感じだけどね』』
何故隼丸は納得しているのだろうか。
何がさすがなのかまったく分からないが、とりあえず説得は必要なさそうだということは分かった。
『この不撓! この不撓は御身の刃として──』
『おい忍び刀。お前の次の主はこの小僧だぞ』
『……は?』
「え、こわっ……」
綺麗な声で威圧感マシマシでそう言われるのは反則だ。
悪寒が走り手にするのも躊躇しそうになる。
すると先ほどまでの可憐な声に戻り、すぐに抗議してきた。
『なぜでございますか! 何故でございますか! 私はこのお方に、このお方の刃としてありたいのでございます!』
『『いや……そいつ日本刀投げるくそ野郎だぞ』』
『忍び刀はどの様な扱われ方であれど主に貢献するが使命! 使命なのでございます!』
「ていうか辻間さんには別の武器があるし……。辻間さん、忍び刀って使われます?」
「あー……」
目を細めて顎に手を当てた辻間は、昔の記憶を引っ張り出す。
しばらく考え込んでいたが、ふと苦笑いをしながらこちらを向いた。
「実はよ、俺……剣術からっきしなんだわ」
『『「え?」』』
『『まじ? 忍びなのに?』』
超意外な事実を聞いて目を瞠る。
あそこまでアクロバティックな動きができるのに忍び刀が使えないとは思わなかった。
辻間はまだ動く両腕でおどけて見せて、からから笑う。
「いやなに、ガキの頃から剣術がクッソだめでよ。それで良くいびられてたもんだ。んで途中から修行ほっぽってぶらぶら遊んでたらよ、竜間の兄貴に声かけられたんだよな。んでよ、その言い草が凄くてよ。なんて言ったと思う?」
「さ、さぁ……」
「『ひん曲がってる奴には素直な武器は似合わねぇ』だってよ。開口一番そんなこと言うか普通? 思わず笑っちまったわ」
それからいろいろあったが、と前置きして竜間と言う人物と修行を始めることになったことを教えてくれた。
剣術とは一切違う動きは辻間によく合っていた様で、少し長い修行期間を得て無事に忍びの一派に仲間入りを果たすことができたらしい。
短い昔話を終えた辻間は、ニカッと笑ったままこちらを見る。
そして忍び刀を指さした。
「だから、それ要らねぇわ」
『ええええええええええ!!?』
「わ、分かりました……。はははは……」




