8.31.間一髪!!
ぼぢゃんっと嫌な音を立てて二人が溶岩の中へと落ちる。
乾芭はテールに傷を負わせた後、遠くに移動していた本体を分身に挿げ替えていた。
それをもう一度本体にして、こうして最後の攻撃に転じたのだ。
だがこのままでは二人もろとも死んでしまう。
しかしそれこそが乾芭の目的であった。
「お前も死ぬぞ!! 乾芭!!」
「構わん!! 貴様のような厄介な奇術を使う者がいなくなれば、次に藤雪を殺す者が有利になるだろうからな!! 俺の後を継ぐ者がいる限り!! 俺の死は、無駄にならん!!」
ガッと頭を掴んで溶岩に沈めようとする。
暴れるので早い段階で沈んでいくが、辻間は何とか抵抗した。
体中に違和感が走り続ける。
もう下半身は使い物にならなくなっているかもしれない。
というより、ここで死ねば本当にマズい結末が訪れる。
今辻間は木幕の四割の力を使ってこの場に顕現している。
彼が死んでしまえば、その四割分の力が失われ、木幕の呪いが進行してしまうのだ。
それを知っている辻間とテールは、とにかく慌てるしかなかった。
だが風魔法で体を持ち上げるのはもう不可能だ。
一度体を溶岩の中から完全に出さなければ、空を飛ぶことは不可能。
スゥも駆けつけて何とかしようとしているが、大地を動かしても大して助けにならない。
なんなら支えを作り出してしまい、乾芭に悪用されるのがオチだった。
『小僧!! 若造!!』
「え!? な、なんですか!?」
『『分かってる! テール! 溶岩の中に飛び込め!!』』
「はぁ!!?」
とんでもない提案に驚愕の声を上げる。
だが良く考えてみれば、灼灼岩金の魔法は術者には熱を感じさせない。
だったら行けるか、と思って駆けだそうとしたのだが、そこで灼灼岩金が余計な一言を付け加えた。
『熱は感じぬが、溶岩の中に沈めば死ぬからな』
「え!? え!!?」
『主は特別だったが、小僧は無理だろう』
「今言います!?」
どうして今そういうことを言うのかとテールは怒ったが、なんにせよ飛び込まなければならない。
だがそれには相当な勇気が必要だった。
『『大丈夫だテール! 僕が二人まとめて移動させるから!』』
「いや分かってますけど! 分かってますけど怖いですよ!」
『行くしかないのだ! 早ういけ!!』
「う、うわああああ!!」
もうなるようになれ。
そんな気持ちで地面を蹴り、マグマだまりへと飛び込む。
隼丸の魔法発動範囲は半径二メートル。
その間に辻間を入れることができれば、救出することが可能だ。
だが乾芭もそれを見て即座に対応した。
不撓を背中から抜いて、テールの接近に合わせて攻撃する。
これにもしっかりと毒が塗られており、掠っただけでも致命傷となるはずだ。
ここで仕留められるのであれば、それでいい。
切っ先がテールに接近する。
隼丸の魔法発動範囲内に辻間が接近する。
テールが近づくのが速いか、それとも乾芭が不撓を振るうのが速いか。
その瞬間だけ時が止まったかのようにゆっくりに感じられた二人だったが、最後まで溶岩の中に残っていたのは……乾芭だった。
テールと辻間の姿が一瞬で消え去り、溶岩だまりの外に転がり落ちる。
放り投げられるようにして移動してしまったので、二人は地面をごろごろと転がって止まった。
「……チッ」
乾芭が己の手を見てみると、そこに愛用していた忍び刀は無かった。
ご丁寧に背中にあった鞘も盗まれている。
まったく厄介な魔法だったと嘆息しながら、乾芭は空を見上げた。
あの時と似たような景色だ。
自分が息を引き取るまで数時間に及んだが、最後に見たのは何ら変わりない青い空。
いつも身近にあったものが急に見れなくなると知った時のなんとも悲しい事か。
感傷に浸りながら、体中に走る激痛に耐え、最後に辻間に呼びかけた。
「おい、辻間鋭次郎」
「……! ……なんだ」
体は既に胸部まで沈んでおり、それより下の感覚は既に無い。
間一髪で助かった辻間は、声だけをマグマだまりに返した。
「お前、竜間より強かったぞ」
「……そうかい」
両者顔は見えなかったが、彼らはそれで満足だった。
それ以降言葉のやり取りはなく、乾芭は静かに溶岩の中へと沈んでしまう。
それが、彼の最後だった。
地面が埋め戻され、綺麗になる。
どうやらスゥが片付けてくれたらしい。
溶岩もその場から無くなったようで、感じていた熱が一気に引いた。
そこでようやく、テールは肩の力を抜く。
「は、はぁ~~……よかったぁ……」
「へへ、間一髪だったなぁ」
「本当ですよ。ていうかツジさん大丈夫なんですか?」
「いいや、駄目だね。死にはしねぇけど、もうこりゃ動けねぇわ」
見たところ、大した外傷はない。
だが動けないのは本当のようで、下半身は既にダメになっているようだ。
違和感のみが体を支配し、今まともに動かせるのは腕と首だけ。
こうなってしまうと、あとは木幕に治してもらうしかない。
彼が到着するまで時間がかかるだろうし、しばらくはここでのんびり過ごすしかなさそうだ。
「ま、一息しようぜ」
「……そうですね」
テールもコテンとその場に寝転ぶ。
面白がってスゥも近づいてきて、同じ様に寝転んだ。
三人揃って空を仰いだのだった。




