8.30.道連れ
投げた分銅はまっすぐ乾芭の顔面を狙って飛んでいったが、不撓の柄で簡単に弾かれる。
すぐに鎖を引っ張って分銅を手に戻したが、それと同時に接近を許してしまう。
「テール!」
「はいっ!」
準備をしていた灼灼岩金の溶岩が、すさまじい勢いを持って乾芭の足元から噴出した。
大地が揺れ、熱気が周囲に満ちる。
赤く粘液質の液体が周囲に飛び散るが、辻間はその射程範囲から逃れるようにして後退した。
だがこれだけで彼が倒れたとは思えない。
目をギョロギョロと動かして警戒していると、重圧が後ろから襲い掛かってきた。
反射的に振り返って鎌を横に振るうと、上から斬撃が降ってくる。
甲高い斬撃音が鳴り響き、その瞬間腹部に衝撃が走った。
「っ……!」
辻間は蹴り込まれた足を握り、体勢を崩させるために思いっきり上に持ち上げる。
だがそこは乾芭。
すぐに両手を地面に着けて転倒を防ぎ、掴まれていない方の足で相手の顎を捉える。
頭がかちあげられ二歩よろめくが、すぐに首を戻して分銅と鎌を投げた。
超低姿勢でそれを躱した乾芭はすぐにでも肉薄して攻撃を仕掛けようとしたが、辻間の様子がおかしいということに気付いて後ろを振り向く。
すると意志を持ったかのように鎌と分銅がこちらに戻ってきていた。
肩と腕に鋭い衝撃を覚えたが、それはすぐに治る。
だが攻撃はこれだけで終わらない。
分銅と鎌のついた鎖を巧みに操りながら攻め立てる。
手に鎖を撒いて射程距離を変え、脚や首を使って回転方向を変えたりして乾芭を翻弄する。
回避と不撓を使って何とか攻撃を凌ぎ続けはするが、何度か切りつけられた。
凄まじい手数。
劣勢になりそうではあったがいくら攻撃を受けても死ぬことはない。
とはいえこの攻撃には目を瞠った。
以前戦った森の中ではできない芸当だ。
(竜間の弟子だが、竜間とは違うな)
中距離特化だった竜間の鎖鎌術は確かに厄介だった。
いくら粘っても接近することが許されなかったのだから。
だがこの近距離特化の辻間の鎖鎌術もなかなかだ。
この連撃に耐えられる人物は、そうそう居ないだろう。
(そろそろだな)
乾芭の目的は、辻間を倒すことではない。
戦いながらじわじわと距離を詰めており、そろそろ頃合いとなった。
ちらりとテールを横目で見た乾芭に辻間が気付く。
「! 貴様っ!」
「じゃあな」
鎌を弾いたと同時に毒煙を発生させた乾芭は、即座に離脱してテールへと接近する。
手始めに手裏剣を投げ飛ばし、魔法を強制的に発動させた。
『『やべっ!』』
『若造! 学ばぬか!!』
『『えっ?』』
隼丸の魔法で移動してしまったテールは、この一秒間動くことができない。
視界が瞬きの間に切り替わったのでここがどこなのか把握するのに時間がかかった。
だが大体の予想がついていた乾芭は、この一秒間の間にもう一度テール目がけて手裏剣を投げる。
たっぷりと毒が仕込まれたものだ。
掠ればそれだけで致命傷となる。
だがそれは突如噴出した溶岩によって阻まれた。
小さく舌を打って今度は自分の手で始末しようと考えるが、ここで焦ってしまったのが良くなかったらしい。
右脚に鎖が巻き付き、ぐんっと引っ張られる。
転倒はしなかったが鎖は足に巻き付いたままだ。
複雑に絡み合っており力づくでは解けそうにない。
なので不撓で足を両断し、すぐに再生させる。
だがその間に辻間は風の魔法を使って急激に接近してきた。
通りすがりながら鎌で肩を切り裂く。
振り返って頭に鎌を突き立て、力を入れて地面に叩きつけた。
「ぐっ」
「テール!!」
「はい!」
背中に熱を感じる。
これはマズいと立ち上がろうとするが、辻間の想像以上に強い力に抵抗することができなかった。 次第に熱量を上げていく大地に焦りを覚える。
「貴様ァ!!」
「ぬうううううう!!」
不撓を振るって辻間を切ろうとするが、腕にグルグル巻きにされた鎖でそれは防がれる。
一度振るうごとに熱が背中を焼いていき、死の気配が近づいた。
両者腕に力が入り、どちらも拮抗した状態が続く。
だがそれは……突如終わりを迎えた。
バゴッと地面が口を開けたのだ。
その下には噴出を間近に控えた溶岩だまりが鎮座しており、何の支えもない乾芭の体はその中へと落ちていく。
辻間も共に落ちるが、風魔法と鎖鎌を使って見事その場から脱出する。
最後に乾芭が見た光景は、大地に深々と獣ノ尾太刀を突き刺しているスゥの姿だった。
どぼちゃっ。
粘液質の溶岩は沈むまでに時間を要した。
その間も乾芭は抵抗の意志を見せていたが、もがけばもがく程沈む速度は早まってしまう。
「がああああああ!! 貴様ぁ、ぎざまぁああああ!!」
「……こちとら三人。いくらあんたが強くても、奇術四つには勝てねぇよ」
「ぬああああああ!!!!」
ゆっくりと沈んでいく乾芭を、辻間は最後まで見ていた。
叫び散らしながらもがく姿は、潔くはない。
だがそれだけの意志を彼は持っているのだ。
ここで終わってしまうことは……屈辱だろう。
頭部が溶岩の中へと沈む、腕に力がなくなってゆったりと沈む。
指先が見えなくなったところで辻間は一度大きくため息をついた。
気が抜けて空を見上げたところで、テールが叫ぶ。
「辻間さん後ろ!!!!」
「は?」
どがっ。
背中に強い衝撃を受けた。
そのまま溶岩の中へと飛び込んでしまう。
だがこれくらいなら風魔法で何とかできる。
そう思って使おうとしたのだが、その瞬間背中に誰かがしがみついて無理矢理溶岩だまりへと落とされた。
「!! 乾芭!?」
「これが最後の一体だ!! 貴様も道ずれにしてやろう!! かかかかかかかっ!!」




