1.15.Side-メル-特訓
ギルドの訓練場はとても広く、ここでは大勢の冒険者が各々得意な武器を手に持って素振り、足捌き、体の使い方に筋力トレーニング、更に模擬戦まで様々な訓練を行っていた。
所々に指導者がついており、いい動きと悪い動きを的確にして指摘して矯正している。
覚えのいい者はすぐにその反省点を活かすことができるようだが、それは才能のある者にしかできない芸当だ。
他の者は言われたことを注意してはみるが、なかなか思い通りに動かせない。
なので楽な様に動いてまた同じ箇所を指摘されてしまう。
そんな光景を見ながら、キュリアル王国ギルドマスターのナルファム・ドレイクは感心したように腕組をして頷いた。
見ているだけでも彼らの質が昔より向上しているということが分かる。
もっと鍛錬をすれば騎士団にも負けない程の実力を手にすることができるだろう。
しかし冒険者は団体戦をあまり得意としない。
少人数でのチームで連携をとるのは得意なのだが、軍隊の様に動くということはほとんど経験しないのだ。
なのでそこでどうしても騎士団との差がついてしまう。
かくいうナルファムも、個人戦の方が得意だ。
「あ、いやいやそんなことは今どうでもいいんだったわね」
ここに来た目的を思い出して、ナルファムは手に持っていた剣を一本腰に差す。
もう一つを隣にいたメルに手渡した。
「わっ」
「装備してみて」
「……大きすぎます」
「そういう時は背中に背負うのよ。ベルトで固定してね」
「なるほど……」
カチャカチャと不器用ながらベルトの長さを固定しているメルを見ながら、ナルファムは大いに感心した。
彼女に持たせているのは大人用の剣であり、これはナルファムが昔使っていた古い剣だ。
それを全く重そうなそぶりを見せずに操っている。
女性専用の剣とはいっても重量はそこそこある剣だ。
子供であれば両手で力を入れなければ持てない程の重さ……。
同じ年齢の男の子に手渡しでもすれば、一度は剣を地面に落としてしまうだろう。
(わぁお。剣が主さんを気に入ってるのね)
剣術スキルにはレベルがある。
最大値を十と定めているが、メルの剣術スキルレベルは既に八はあるはずだ、とギルドマスターとしての実力を兼ね備えているナルファムは看破した。
レベルが高ければ高いほど剣が主に答えてくれると聞いたことはあったが、ここまで顕著なのを見るのは初めてだ。
とんでもない逸材を拾ったなと心底嬉しく思っていたところで、メルの準備が整ったらしい。
背中から剣を抜く。
初めての背掛けからの抜刀とは思えない程にするりと抜かれた剣を、メルは軽々と操っていた。
自分が使っていた時よりも気分がよさそうにしている剣に少しだけ複雑な気持ちになる。
「まぁいいか……。さ、メルちゃん。剣を持ってみた感じ……どう?」
「木の棒を持ってるみたいです」
「へ、へぇ……す、凄いわね……。んじゃ基礎を教えるわよ」
「あ、はい!」
ナルファムは腰を落として剣を構える。
脚を開いて体の軸に剣の柄が来るように持ってきた。
これが彼女の基本姿勢だ。
その姿を見たメルは同じ様に構えてみる。
すると言うことがないくらい完璧な構えを見せてくれた。
本当に剣を始めて握った子供なのかと疑問符を頭に浮かべたが、それだけ才能があるということなのだろう。
「それが基本姿勢ね。握り方は……」
「こうですか?」
「わぁ完璧。んじゃ今度は素振りね」
すっとまっすぐ立って剣先は足元に。
一気に脱力したように見えたがそれはほんの数瞬で、次の瞬間には剣を振り上げて下すまでの動作を終わらせていた。
少しだけ風が肌を撫でる。
それだけの衝撃が乗った素振りだったということを教えてくれた。
楽な体勢に戻ったナルファムがメルの方を向いて剣を腰に仕舞う。
「素振りは何度も繰り返し行えばいいというものじゃない。それで筋力はつくだろうけどね。でもね、命のやり取りはすぐに決まる。だから一度でも剣を振り間違えれば死に直結すると思いなさい。一撃一撃を真剣に。稽古の時も、本番の時も」
「分かりました!」
メルは先ほどナルファムがやったのと同じ動きを頭の中でイメージする。
脱力し、即座に力を入れて一瞬で振り上げて振り下ろす。
だが言うは易く行うは難し。
一朝一夕でできるものではないとナルファムは思っていた。
ヒョウヒュッ!!
「……わぁお」
メルは先ほどのナルファムの動きを完全に真似し、更に斬り上げにまで派生したようだ。
速度はまだナルファムに劣るが、キレは同等かそれより少し下。
切り下ろして斬り上げるのには相当な力が必要とされるが、メルはそれを簡単にこなしてしまった。
空中でビタリと止まっている剣を見ると、剣は満足そうにしているように思えた。
「あっ。に、二回振っちゃった……」
「無意識……?」
やはりとんでもない天才だと、ナルファムは考えを改めた。
本当にいい拾いものをした。
一つしかスキルを持っていない子供を見つけて、それだけでは寂しいだろうと他の子供を探して大正解だ。
これからどう強くなっていくのか、彼女はとても楽しみだった。
「あ、その武器はあげるわ。冒険者になった記念としてもらっておきなさい」
「いいんですか!?」
「ええ、勿論。剣の方が貴方を気に入ってるっぽいから、使ってあげるといいわ」
「やったぁ! ありがとうございます!」
それからメルはすぐに素振りの練習を始めた。
誰がどう見ても完璧なお手本のような素振りを繰り返している。
あとは好きにさせておいたらいいだろうと思い、ナルファムは訓練場を出ようとしたのだが、その時に周囲からメルと自分のことを噂している冒険者の声が耳に入った。
少し目立ちすぎてしまったかもしれない。
これからメルに目を付ける冒険者が多くなりそうなので、彼女以外の若く才あるメンバーを集めて早い内にパーティーメンバーを確立させておいた方がよさそうだ。
「んーと、前衛はメルちゃん……後は後衛と中衛……これが必須。もしくはもう一人前衛……または重装前衛になる子はいるかな? んやでもそれだと男の子か……。まぁ探してみるかぁー」
そう呟きながら、一度訓練場を出たのだった。




