8.28.執着する理由
今持てる最大限の力で忍び刀を振るった乾芭の攻撃は、到底鎌だけで防げるものではなかった。
鋭い金属音を立てながら弾き飛ばされてしまうが、鎖が付いているのですぐに戻ってくる。
勢いを殺すことなく鎖を操り、後退しつつ攻撃を往なす。
次第にがむしゃらになっていく乾芭の攻撃に辻間は眉を顰めて訝しんだ。
なにか焦っているような、そんな気配が感じ取れたのだ。
そもそも、忍びが白昼堂々と襲い掛かってくること自体おかしいことである。
音もなく忍び、そして気が付かない間に殺すのが彼らの教え。
金属同士が弾け合う音が響けば、すぐにその場を離れるのが通り。
だというのに……乾芭は一種の執着を見せて前に立ち塞がる辻間を攻撃し続けていた。
「……」
「ぜぇい!!」
このような大声を出して攻撃を繰り出すだろうか。
戦いを楽しむ顔はすでに失われ、今は眼を見開き、眼光を鋭くしながらも歯を食いしばっていた。
これが絶対に引けない戦いだと……いうかのように。
重い連撃を躱し、往なし続けた辻間は鎌を手に取ったあと分銅を回して連撃を仕掛ける。
使える部位をすべて使い、跳ねまわるようにして動き分銅で攻撃を繰り出す。
傍から見れば何が起きているか一切わからないが、それに対し乾芭は忍び刀で冷静に対処した。
必死ではあるようだが、冷静さは未だに欠いていないらしい。
「!!? ぐぅうううおぁっ!!」
急激な痛みが肩に走る。
スゥの方で戦わせていた分身が溶岩に溶かされたのだ。
激痛により隙を見せてしまった。
遠心力が乗った分銅が空を切りながら胸部にめり込む。
「死なぬぞ!!」
「知ってるよ」
痛みを堪え、それをばねにしながら忍び刀を振り下ろす。
紙一重で回避した辻間が鎌で腕を切り落とそうとするが、乾芭は忍び刀を振り下ろした勢いを使ってその場で回転し、足で顔を蹴り飛ばした。
別に斬られたところで死にはしないのだが、ここで攻撃を一時的に止められるのは不本意だ。
できるだけ攻撃は喰らわないようにと動きを変えた。
顔面を蹴られてよろめいた辻間だったが、乾芭の胸部に繋がったままの鎖を引っ張って体勢を元に戻した。
それと同時に分銅が引っこ抜いたので、鞭のようにしならせてもう一度攻撃する。
乾芭は首を横に逸らして回避した後、繋がっていた鎖を握った。
それに気付いた瞬間、鎖を引っ張って離させようとしたが彼の握力は想像以上に強く、綱引きが開始される。
「……おい、戦い方が荒くなってんぞ」
「やかましい……! 俺はなぁ……藤雪に二度も殺された……。二度もだ!! その屈辱が貴様に分かるか!」
「同じ相手に二度負けたってだけだろ」
「否……! 断じて否!! 貴様も忍びなら分かるだろう……。二度目は、許されん。二度目は、ない……!」
辻間はその言葉を聞いて、小さく唸った。
失敗は一度も許されない世界の中にいた彼らだからこそ、その言葉の重みが理解できる。
忍びの一度の失敗は、人生の汚点となる。
すべてが完璧でなくてはならない世界で生き抜くことの難しさは、辻間もよく知っていた。
だが辻間は死んでしまった。
それだからか、あまり失敗というものに捕らわれなくなってしまったのだ。
だから今は普通に顔を出して他人と接するし、談笑して仲良くなったりもする。
生きていた時代……もとい、元の世界では考えられなかった話だ。
乾芭と藤雪の間に何があったのかは分からない。
聞いても語る気はなさそうなので聞こうとも思わないが、一つだけ分かったことがあった。
「お前、まだ忍びを貫こうとしてんのか」
「好きに捉えろ」
吐き捨てる様にそう言った乾芭の言葉には、やはり焦りが感じられた。
どうやら、図星であるようだ。
この世界で忍びを貫こうとするのは難しい事ではない。
しかし、一度失敗してから忍びを貫こうとするのは並大抵のことではできないことだ。
失敗という枷を背負ってしまうと、あとは落ちていくだけなのだから。
辻間はそういう忍びを多く見て来た。
何故誰も彼もが完璧であろうとするのか、よく分からなかった時期もある程に。
彼は……乾芭は、そういう男なのだろう。
「……抜け忍になった理由は?」
「俺は抜け忍になった覚えはない」
「……なに?」
予想外の言葉に、辻間は眉を潜めた。
乾芭はいつの日か帰ってこなくなり、里長である源六から暗殺の指示が入ったことを今でも覚えている。
あの時はまだ小さかったが、子供にまで乾芭の技術を教えて回っていたのだ。
だから嫌でも覚えている。
事実、乾芭は抜け忍になる気など毛頭なかった。
この世界に来て、死んでも尚忍びを貫こうとする男が抜け忍になれるはずがないのだ。
妙に合点がいった辻間だったが、分からないことが増えていく。
聞かなければならないことは多々あったが、混乱する頭の中でようやく口にできたのは、疑問の言葉だった。
「どういうことだ?」
乾芭がぱっと鎖を手放した。
引っ張っていた鎖がこちらに飛んでくるが、すぐに腕に巻き取って分銅を掴む。
「死んだのだよ、俺は」




