8.26.まだ死なぬ
ぐらりと揺れた視界に目を見開く。
それは辻間も同様ではあったが、鎖を遠くの木の枝にひっかけ、ぐんと引っ張ってその場から離脱する。
自分もその場から動かなければならないと思うが、足元が悪く上手く動けない。
近くに掴めるようなものもないし、今はただ立っている状態を維持しているのが精いっぱいだった。
明らかに危険。
この揺れに乗じて発生するはずのあの溶岩をまともに喰らえば、ただでは済まない事は分かっていた。
だから動かなければならないのだが、動けない。
とりあえず忍び刀を地面に突き刺し、それを踏み台にして一気に飛びのく。
空中を移動している時に予め取り付けてあった麻ひもで忍び刀を回収し、なんとかその場を離脱することに成功する。
『移動するのを待っておったぞ!』
「よっと」
ズバンッ!!
辻間が振るった鎌が斬撃を飛ばし、乾芭の両足を両断する。
支えを失くした体は地面に倒れてしまうが、驚異的な反射能力で手を着き、一度回転して足を生やしてから着地した。
本当であれば今すぐにでも移動しなければならなかったが、足がなくなってしまっては思うように動けない。
幸いすぐに再生することができたので、もう一度その場から離れるために地面を蹴る。
だが、そこには大地が存在しなかった。
「ぬ!?」
ぐばっと開かれた大地には赤いマグマが顔を覗かせていた。
踏み場を失ってしまった乾芭の足は、何の抵抗もすることができずどぼんと沈んでしまう。
強烈な痛みが体中に走る。
「ぐあああああああ!!?」
「やるじゃねぇかテール!」
「灼さんのお陰です!」
『ぐぬはははははは!!』
灼灼岩金の魔法は溶岩を操る。
術者から離れた位置に発動させようとすると少しだけ時間がかかってしまうのだが、その代わり小さな地震を起こすことができるのだ。
場所を指定するのにこれまた時間がかかってしまうのだが、辻間が押さえてくれたおかげで何とかなった。
だが馬鹿正直に発動させたところで回避されるのがオチだ。
であれば乾芭が回避しようとして移動した先で攻撃を繰り出せばいい。
その作戦は見事に成功して、乾芭を溶岩の中へと落とすことができた。
絶叫しながら沈んでいく乾芭。
周囲に掴めるようなものはもちろんなく、もがいても何の意味もなさなかった。
見えていた腕が完全に沈むのを見届けた後、辻間は眉を顰める。
「……まだだ!」
何処からともなく飛んできた手裏剣を鎖で弾き、テールを助ける。
音に驚いたテールはすぐにそちらの方を向いて構えを取った。
すると、スゥが戦っているはずの方向から……ゆらりゆらりと不気味に歩いてくる乾芭の姿が視界に入る。
腹部を押さえているのは、先ほどの分身が消えたことによりダメージが入ったせいだろう。
だが……これはどういうことか。
「な、なんでまだ死んでないんですか!?」
「そういう奇術なのかもしれねぇな……。だが俺があいつと戦った時……『その程度、本体であれば』って言ったぞ? その時までは本体だったってことか?」
「え? ええ? てことは分身がいる限り死なない? え? そういうことですか!?」
『これは……厄介だな』
『『めんどくさっ!』』
スゥの方にはまだ数体の分身がいるはずだ。
今も尚戦っているとなれば……乾芭の残機はまだあるということになる。
どういう原理かは分からないが、先ほど溶岩に入った瞬間、本体が分身の方に移動したのだろう。
だが元から分身だった可能性もある。
可能性を上げればきりがないが、とにかく分身をどうにかしないことには乾芭は死なない。
スゥは分身を殺す術を持っていないだろうし、辻間も持っていなさそうだ。
乾芭を殺せるのは……テールが今手に持っている、灼灼岩金だけだった。
「ど、どうしますかツジさん!」
「あいつは分身だと気配を辿れないらしい。だから俺たちの前にやって来てるのは本体だ。じゃなきゃ俺には敵わねぇはずだからな」
『『とんでもねぇ自信だな……』』
隼丸のチクチク言葉に苦笑いする。
投げられただけでそんなに怒るだろうか……。
「そ、それで?」
「溶岩をスゥの前に出しとけ。あいつだったらその理由に気付くはずだ」
「分かりました! 灼さん!」
『距離がある。時間がかかると伝えておけ!』
灼灼岩金は早速準備に取り掛かってくれた。
テールは言われたことを伝えると、辻間は小さく頷いて歩いてくる乾芭を見据える。
スゥが気付いてくれるまで、時間稼ぎだ。
それくらいであれば容易いが……テールを守ることも視野に入れておかなければならない。
これによって難易度が数段階跳ね上がった。
守りの姿勢は基本的に苦手なのだ。
であれば、攻撃をさせないように立ち回る。
「頼むぜスゥちゃん……!」
「まだ死なぬ……! 藤雪を殺すまでは、まだ死ねぬのだ!! 二度も殺された屈辱!! 忘れはせぬぞ藤雪万!!!!」
「……二度……?」




