8.25.貴様は絶対ぶっ殺す
辻間はすぐに視線を乾芭へと向け、手に持っている鎖を回し始める。
それは次第に速度を上げていき、風を切り裂き続ける音がその危険性を伝えていた。
鋭く目を細めている彼は、とても不機嫌そうだ。
テールは知らないことではあるが乾芭は辻間から一度完全に逃げている。
その事に苛立ちを覚えているらしかった。
「よぉよぉ、あん時はよくも逃げやがったな」
「どけ竜間の弟子。俺はお前に用がない」
「俺はあるんだわ」
ズバンッ!!
鋭い斬撃音。
だが両者は動いておらず、ただ音が鳴ったようにだけしか思えない。
すると……乾芭の体がゆっくりと真っ二つになった。
「……あ?」
両腕で顔を押さえてくっつけ、体を再形成する。
斬撃では死なない乾芭だったが、今の攻撃が何だったのか一切理解することができず首を傾げた。
すると今度は腕が飛ぶ。
地面にべちゃりと落ち、溶けたあとに自分で這いずって戻ってくる。
見えない斬撃。
妙な奇術を持っているな、と乾芭は辻間の目をようやく見た。
十中八九彼が攻撃しているだろうし、なんなら音でどこからその斬撃が飛んできているか分かる。
「鎌鼬か」
「なんで死なねぇんだよ」
辻間は舌を打つが、乾芭は納得したように口角を上げた。
別にバレたところでどうってことはないのだが、あの攻撃で死なないとなるとどうやって殺せばいいか分からなくなる。
もう二度ほど斬撃を繰り出したが、結局すぐに再生されてしまい、なんの意味をなさなかった。
隼丸を腰に携え直していたテールは、その行動を見て辻間が乾芭の能力について知らないのだと分かった。
すぐに彼の魔法について情報を共有する。
「ツジさん! あの人本体が毒なんです! だから切るんじゃなくて、溶岩の中に落とせば倒せます!」
「うっわ、めんどくせぇ……。その刀で何とかできるんだよな?」
「はい!」
「じゃあ何とかなりそうだな……」
納得したように呟いた辻間は分銅を回す速度を速める。
そして地面を蹴って一気に間合いを詰めた。
「その程度、本体であれば……。……!」
回転する分銅が乾芭を捕らえた。
西形の攻撃を素手で受け止められる彼が、辻間の攻撃には危険を察知したのだ。
即座に忍び刀を振るい、折られないように弾きながら後退する。
その間にも辻間は間合いを詰め続け、手の甲に鎖を巻いて射程距離と短くしたり、逆に伸ばして長くしたりと様々な射程での連撃を繰り出した。
その音を聞いているだけでも耳が痛くなってきそうだ。
射程距離が変わり、回転速度が速すぎてその姿を捉えられない分銅を的確に弾く乾芭はやはり相当な使い手だ。
辻間もここまでやって仕留められない相手は初めてだったようで、眉に皺を寄せながら歯を食いしばる。
右手首だけではなく左手、肘、膝、首などを使って挙動を変え続けるが、それでも乾芭を仕留めることはできなかった。
最後に鎖を踏んで引っ張り、分銅が持てる最大火力で攻撃したが、それは回避されて終わった。
地面に深々と突き刺さっている分銅が、その攻撃力を物語っている。
「チィ……!」
「俺の蛇狐牢は、西形の槍より素直じゃねぇぜ?」
『『そもそも心が汚いもんなー! 僕投げ飛ばしたもんなー!! ひん曲がってるもんなー!!』』
隼丸が過剰なほどに反応した。
先ほど投げられたことに対して怒っているのだろうか。
少し面白かったが、笑っている場合ではないと視線を彼らへと戻す。
乾芭の構えが変わった。
忍び刀を逆手持ちにして自身の体の芯に合わせるようにして垂直に構えている。
姿勢も真っすぐで、残っている手は後ろに回していた。
「……四葉の剣……」
「!」
辻間が即座に分銅を投げるが、乾芭はそれを紙一重で回避して接近する。
外れたので今度は鎖を引き、後ろから攻撃を与えようとしたがそれも見事に躱されてしまった。
大体の攻撃は音で分かる。
相手がどのように攻撃し、どの様に防ぐかも音でなんとなく分かるのだ。
忍び刀を構えたまま接近した乾芭はそれを振るう。
まずは上段から下段に。
辻間は鎌で防いで事なきを得るが、次の瞬間には真横から刃が迫ってきていた。
上、右、左、下からの攻撃は、体のしなりを使っているのでどれも強烈だ。
おまけにその速度も速い。
そこら辺の剣士であれば二撃目で肉体を斬られている事だろう。
だがこの攻撃の恐ろしさは、これからだった。
「フッ!」
膝を折り、超低姿勢になった乾芭はそこから跳ね上がるようにして忍び刀を切り上げた。
それを再び鎌で防いだが、次の瞬間腹部に衝撃が走る。
斬り上げるとほぼ同時に、蹴りを繰り出したのだ。
そこから乾芭の連撃が始まる。
金属音と打撃音が混ざり、目にもとまらぬ速さで攻撃を繰り出していく。
辻間が忍びであるからその攻撃を何とか捌けていたが、体術面はあまり得意ではないらしい。
何度か乾芭に蹴りや手刀を決められていた。
彼の持つ技の一つ、四つ葉の剣は剣と体を同時に使用する技である。
その連撃は一切の呼吸を行わずに繰り出されるので、速さ、鋭さ共に脅威であった。
これが彼の元いた忍びの里の里長、源六と対等にやり合えた術である。
鎖鎌を使用している辻間は、攻撃にこそ真価を発揮するが防御は苦手だ。
その前に倒してしまうのが普通であったし、ここまで押し込まれるのは久しぶりだった。
まともに機能しているのは左手に持っている鎌一本のみ。
それだけで防いでいるので、劣勢とはいえ辻間の実力も相当なものだ。
乾芭の肘が辻間の胸部に直撃する。
体勢が少し崩れたのを見逃さずに忍び刀を片手で振るうが、それは辻間が相手の肘を掴んだことで阻止された。
だが掴まれていない腕、足で辻間を何度か攻撃して無理矢理手放させ、回転しながら二連撃を繰り出す。
鎌で完全に受け切った後分銅を回して捕えようとするが、するりと抜けてきて蹴りが飛んでくる。
手でそれを防ぎ、剣と体術、鎖鎌と体術の戦いがしばらく続いた。
両者数十手のやり取りをした後少し離れ、すぐに肉薄して忍び刀と鎌での鍔迫り合いが発生する。
鋭い金属音が音が鳴り響く。
「でぇええい……! しぶといな!」
「お前もな、竜間の弟子よ。諦めろ。お前では俺に勝てん」
「いいや、貴様は絶対ぶっ殺す。なぁ! テール!」
「はいっ!!」
一切の干渉をしてこなかったテールが、灼灼岩金を地面に突き刺した。
その瞬間……大地が揺れた。




