8.21.吹き出せや灼灼岩金
灼灼岩金の言葉にテールは驚いた。
あの一瞬で何が分かったの言うのだろうか。
自分からすれば、ただ乾芭が突然苦しみだしたようにしか見えないのだ。
「灼さん!? ちょっと説明してもらっていいですか!?」
『奴は不死身の肉体を有しておるが不死ではない。先程、腕から体が生えたのは見ていたな?』
そう言われて記憶を辿る。
隼丸が手裏剣の脅威から助けてくれて、少し移動した時の事だっただろうか。
確かに黒紫色の腕から乾芭が姿を現したことを覚えている。
灼灼岩金の言葉にコクリと頷くと、彼は続きを説明した。
『であれば、毒自体が本体の可能性が高い。一部の毒を使用したあの分身。それを我の術の中に落とせば燃えつき溶かされ消滅する。奴を始末する術は我の術に落とすことだ!』
「な、なるほど!?」
『『まぁそれが分かったとしても難しいんだけどねぇ~』』
隼丸の意見は最もだ。
先ほどは近づいてくる分身を隼丸の魔法で移動させて落としたが、それを見られていたので何かしら対策される可能性がある。
分身を沈めただけであそこまでの激痛を伴うのだ。
恐らく、もう分身は使ってこないだろう。
斬られても死なない乾芭。
本体が毒だったらそれも理解できる。
では本体が何かしらの原因で消滅してしまえば、ようやく彼に死が訪れる。
木幕によって切られたということを知っていた灼灼岩金は、何故乾芭が生きているかをようやく納得した。
だからこそ、倒し方が分かったのだ。
「いやでも、隼丸の言う通りこれ結構難しいのでは?」
『『だよねー。毒に気を付けないといけないし、スゥの援護は見込めそうにないし。尚且つあの忍びと対峙しないといけない……。灼さんの奇術はどこでも作り出せるの?』』
『ああ。だが至近距離ならともかく、遠距離となるとすぐには出せぬ』
「てことはやっぱり……近づくしかないですか?」
『『そうなるねー』』
隼丸の魔法の指定発動範囲は非常に狭い。
要するに、誰かを三秒間移動させるために指定するには、対象の人物が隼丸から半径二メートル以内にいなければならないのだ。
だが捉えてしまえば最大十五メートル移動させられる。
灼灼岩金の魔法は発動距離の制限こそないが、即座に溶岩を噴出させるのには至近距離でなければならない。
なんにせよ、近づかなければ何もできないのが現状だった。
ようやく痛みから解放された乾芭が、手放してしまった忍び刀を手に取り、ゆっくりとした動きで立ち上がる。
鋭い目をこちらに向けており、痛めつけられたことを恨んでいるようだった。
『主様。主様。ご無事ですか? ご無事でございますか?』
凛とした鈴のような声で語り掛ける忍び刀は、美しい女性のものであるようだった。
だが口調が少しだけ無機質だ。
本気で心配しているというより、こういう時にはそう言わなければならないと教えられているように感じられる。
妙な違和感を抱いている間に、乾芭はその忍び刀を背に納刀する。
懐から小さな箱を取り出し、それを空に向かって投げ飛ばす。
するとそれから大量の小さな黒い石がばら撒かれ、周囲一帯にポトリと落ちる。
テールたちの目の前にもそれが落ちてきたので、目を地面に落としてみてみると……細い針のようなものが四つ伸びており、三つの針が土台となり一つの針が天を突いていた。
テールとメルにはこれに見覚えがなかったが、二振りにはあったようだ。
『ぬ!? これは!』
『『まきびしじゃん!! まってやば……』』
シャララランッ。
持っていた残り二つの箱を投げ、もはや足の踏み場もないほどの量のまきびしが展開されてしまった。
知ってから知らずか、テールたちから半径二十メートルを完全に囲ってしまっている。
良く三つの箱だけで的確に撒けたなと感心しつつも、隼丸は舌を打つ。
これでは移動ができない。
できないことはないが、やった途端に二人どちらかの足にまきびしが刺さるとになるだろう。
そうなれば状況は一気に悪くなる。
そして無慈悲に放り投げられる毒の塊。
あれは毒煙を発生させるものだ。
どうやら乾芭は、どうにかして二人を負傷させたいらしい。
こうなれば何とかうまい事移動するしかない。
何処が一番安全な場所かを隼丸が確認していたところで、灼灼岩金が叫ぶ。
『小僧!! 踏み込め!!』
「はいっ!!」
『吹きだせやぁ!!』
ズダンッ!!
大きく踏み込んだテールに呼応するように地面が一瞬揺れる。
そして次の瞬間、赤い溶岩が大地を抉って噴き出した。
まきびしが幾つか溶岩に触れて溶け、更に噴き出した丁度の位置に毒の塊があり、見事にそれを捕らえる。
溶岩に食われた毒の塊はしっかりと溶かされ、煙を吐く間もなく消滅した。
そしてダメージを喰らい一人の男。
乾芭が胸を掻きむしってえずいている。
どうやら彼から作り出される毒はすべて本体であるらしく、少しでも消滅すれば相当なダメージが入るようだ。
「テール凄い!」
「灼さんのお陰だけどね!」
『そのような褒め合いは後にせぬか!! 集中しろ!!』
「は、はい!」
それはそうだ、と気合を入れ直して灼灼岩金を構える。
メルも何か手伝いたいようだったが、遠距離攻撃を持っておらず、さらに周囲にはまきびしが広がっているので何もできそうになかった。
悔しそうにしている間に、乾芭が立ちあがる。
顔を歪めて恨めしそうにこちら睨めつけており、屈辱的な感情と共に怒気の籠った気配を周囲に放っていた。
「……おの、れ……! たかが二人……に、このような……!!」
『主様、主様。一度退くのが宜しいかと。宜しいかと存じます』
乾芭にその声は届いていない。
だが彼はそのように動くことにした様だ。
毒の塊を自分の足元に投げ、毒煙を発生させる。
風に乗ってこちらに向かってきている毒煙に気付いた隼丸は、即座にその場から離脱するために魔法を使用した。
『『動くなよっ!』』
「メル動かないで!」
「わ、わかった!」
先ほどからずっと安全な場所を探していた隼丸は、何とか二人にまきびしを踏ませることなく移動させることができた。
恐らくだが、あれにもすべて毒が仕込まれているはずだ。
掠り傷ですら致命傷になってしまうので、ここでドジを踏むことだけは避けた。
もう一度魔法を使用し、今度こそ安全な場所へと脱出する。
ようやく安心した隼丸だったが、灼灼岩金とメルは即座に反応した。
『伏せろ小僧!!』
「テール伏せて!」
ガッと腕を掴んで無理矢理頭を下げてくれたメルのお陰で、頭上を通り過ぎる手裏剣に貫かれないで済んだ。
一度逃げて姿こそくらませたが、今度こそ……忍びらしい戦い方で殺しに来るらしい。
『……マズいな』
『『僕が居れば大丈夫だ』』
『若造。お主の奇術が見破られたやも知れぬ』
『『……えぇ?』』
再び手裏剣が飛んでくる。
隼丸がそれを回避して次の位置に出現すると、そこに向かってまた手裏剣が飛んできた。
それはメルが弾いて事なきを得たが、これで灼灼岩金は確信を得た。
『……バレたな』
『『本当に?』』




