1.14.覚悟
椅子に座って机に突っ伏しているテールの前に、温かい飲み物が置かれる。
王都ではいろんなものが手に入る為、紅茶などといった味のついた飲み物も手軽に手に入るのだ。
酒が苦手なカルロは、いつもこれを飲んでいる。
一口紅茶を飲んで小さくため息を吐く。
まさかテールがあそこまで怒るとは思っていなかった。
いや、もしかしたらあれが本来の姿なのかもしれない。
カルロの考える研ぎ師は技術の差を見て嫌悪したり羨ましがったりはせずに、そのまま静かに認める。
その考えがいろんなことを妥協させてしまっているのかもしれなかった。
先ほどの光景を思い出すと、よりはっきりそう心に訴えかけてくるような気がする。
馬鹿にされて怒るのは当たり前。
テールは自分よりもこの研ぎ師スキルのことを理解しているはずだ。
だからこそ鍛冶師のレボルオに対してあそこまで言うことができたのだろう。
自分ではできないことだ。
それも込みでカルロはテールのことを心の中で称賛する。
「……もっと早く教えておくべきだったね……ごめん」
「大丈夫です」
突っ伏したままテールがそう言った。
もう立ち直ったのかと思って見てみるが、未だに拳には力が入っている。
それを見て本当に許してくれているのか不安に思った。
「……本当に?」
「カルロさんが教えていたら、もっと優しかったでしょうから」
「そうだね、あそこまで強い言い方はしなかった。君のお父さんの前であのことを言うのはどうも憚られたから、少し隠していたんだ。いつ本当のことを言おうか悩んでいたんだけど……」
「……カルロさん」
名前を呼ばれてテールを見る。
ゆっくりと上体を起こして顔を合わせたテールの顔は、何か覚悟を決めたような凛々しい表情だった。
まだ幼い子供が何を思ってここまでの覚悟を決められるのだろうか。
それが不思議でならなかった。
「カルロさん、どうやったら……研ぎ師は皆から認められますか?」
「っ……。そう、だねぇ……」
テールの口から出てきたのは、カルロも、先代も、先々代も考えたことのない問いだった。
それが普通だと思っていたのだから、そんな考えに至る事などできなかったのだ。
問われて悩む。
どうしたら研ぎ師というスキルを皆に認めさせることができるのか。
不遇職というくくりから脱することができるのか……。
だが最終的に行きつく場所は、一つしかない。
「……研ぎについて、認知されなければ意味がないね」
今この世界では研ぎというものが“誰でも簡単にできるもの”という認識しかない。
認められるためには、まずこれを取り払う必要があるのだ。
“研ぎ師でなければできないことがある”と思われるようにならなければならない。
「それは、僕にもできますか」
「……研ぎ師スキルを持つ者が、一度もなしえたことのないことだよ。でも今思うと、皆が諦めていただけかもしれない。改善する気が、なかったのかも……しれない。僕も同じくね」
「じゃあ今からでも何か考えましょうよ。僕は神様から貰った凄いスキルがこんなふうに虐げられているのを見て、感じるのは嫌です!」
テールはドンッと机を叩いた。
神様に直接会ってスキルを貰っている彼は、この待遇がどうしても理解できなかったのだ。
確かにそういう話は聞いた。
覚悟もしていたし、これからどうなってしまうのかという不安もあったが、スキルを直接否定されるとなると話は変わってくる。
これは神様を否定しているのと同じことだ。
だからどんなことがあっても、テールはこの不遇職という研ぎ師スキルを極め、そして世界に認めさせたかった。
神様の約束を成就させるためにも。
「……僕も同じ意見だよ」
カルロはその意見に強く同意した。
ここまでの熱意を持っている彼の言葉に頷かないわけにはいかない。
それに思うところは確かにある。
だがその道のりは険しいものになることは間違いない。
どうやって研ぎ師というスキルを広めていくかも考えなければならなかった。
やることは多くあるし、時間もかかる。
しかし研ぎ師スキルが日の目を見るのであれば、その時間も些細なものだろう。
では肝心の、スキルはどうやって広めるか。
それは……。
「チャンスを待とう」
「チャンス……?」
「うん。僕たちが小さい活動範囲で動いても何にもならないからね。だから、大きな仕事を待つんだ。それまでは研ぎの修行をして……その時に備える」
「大きな仕事なんて来るんですか?」
「幸いにして、僕は磨き屋のカルロって名前で呼ばれてる。鏡面仕上げがあっただろう? あれは見てくれの良さだけを追求したがる貴族に意外と人気なんだ。それで何とか食いつないでるんだけどね……。でもいつか絶対、王族から依頼が来るはず」
「お、王族!?」
この磨き屋というのはカルロの代から始まった仕事方法である。
なのでまだ認知度が低く、骨董品屋の店主たちからしか仕事を受けてくれる人がいない。
しかし相手は貴族なので報酬はいい。
少ない仕事だがこうして生活できているのは、この仕事のお陰だ。
貴族は噂話などが好きだ。
特に婦人などは。
そこから話しが広まってくれれば、美しい剣を欲して王族からの依頼が必ずやってくるはずである。
「その時が勝負時! どうかな、いい案だとは思わない?」
「それで変わるんですかね……?」
「時間はかかるけど絶対に変わるよ。その剣を“使ってくれたら”ね!」
「……あっ、最強の補助スキル……!」
研ぎ師は、剣術スキルの最強の補助スキル。
研がれた剣を使うことで真価を発揮する。
その場面が来ることがあれば、必ず研ぎ師は注目されることになるはずだ。
最初の内は鍛冶師に目線が行ってしまうかもしれないが、彼らではこの研ぎを真似することは絶対にできない。
同じ切れ味を再現させることができないのだ。
だから再発注をかけられた時……もしくは修理を頼まれた時、困るのは鍛冶師職人。
『ではこの剣はどうやって作ったのだ』
そう王族に問われれば、今度は研ぎ師の名前を出さざるを得ない。
これでようやく、王族、皆、世界に注目されるはずである。
「そ、それならいけそうな気がします!」
「そうだろうそうだろう!? でもその為には、君にはまだ経験が足りない。僕も生涯修行中の身だからね。その時思う存分力が発揮できるように、修行する! いいね!」
「はい!」
「よし、じゃあ僕たち研ぎ師職人の未来のために! 頑張ろう!!」
「おおー!!」
二人は笑いながら拳を突き合わせた。
この作戦なら、時間はかかるが必ずやり遂げられる。
その確信があったからこそ、二人は今後の仕事にさらに熱を入れることになったのだった。