8.18.危険な道中
ミルセル王国への道はスゥと灼灼岩金のお陰で完璧に理解できていた。
最短距離で向かうために森の中を移動し、魔物がいれば簡単に対処して道を急ぐ。
走りやすい道ではないが、こうでもしなければ追いつかれる可能性があった。
どうしてここまで急いているのかというと、乾芭の接近にスゥが気付いたからだ。
急速にこちらへと向かってきている気配があるらしく、それを身振り手振りで何とか押してくれた。
灼灼岩金が再確認してみると、確かにこちらへ向かってきている影があり、それは乾芭のもので間違いなかった。
どうやら灼灼岩金よりスゥの方が索敵には特化しているらしい。
彼女が気付いてくれなければ、まだゆっくりと歩いていた事だろう。
森を抜け、街道に辿り着いた。
だがそこで限界が来てしまい、テールは肩で息をして膝に手をつく。
まだまだ修行中の身で体はまったく作られていない。
それでここまで走ってくれたのは称賛に値するだろう。
しかし脅威は刻一刻と迫ってきていた。
『小僧! 走らねば追いつかれるぞ!』
「そ、そんな……こと……ぜぇ、ぜぇ……言われても……」
『『相手は忍びだよ。もう何とかして退ける方がいいんじゃないかな?』』
『こやつらにできると思うてか』
『『う、うーん……』』
赤ん坊のころから人を殺すための術を叩き込まれている忍びは、並大抵のことでは足を止めない。
乾芭もそれは同じだ。
走っているだけでは息も切らさない彼らとの追いかけっこは、明らかにこちらが不利であった。
遅かれ早かれ、追いつかれてしまうのがオチだ。
とはいえ、この三人だけで乾芭を倒せる保証は一切ない。
毒を使われてしまえば、テールとメルが死ぬ可能性もある。
それだけは何としてでも回避しなければならない。
だが乾芭が近づくにつれ、死の影は濃くなっていくのだ。
逃げ続けても意味がないのであれば、策を練る方が利口だと隼丸は考えていた。
だが彼の魔法を使えば逃げられるのではないか。
灼灼岩金がそれを指摘する。
『若造! お主の奇術で何とかならんのか!』
『『何とかなるけどさ、僕が奇術使って移動するのと、乾芭の移動速度どっちが速いのさ』』
『……乾芭だ』
『『じゃあ今使っても意味ないって。戦闘時まで僕は力を温存させてもらうよ』』
「なんで、その人……そんな速いの……?」
灼灼岩金が把握している乾芭の動きは、三秒で数十メートルを移動していた。
隼丸は一度魔法を使えば十五メートル移動することができる。
三秒であれば四十五メートルだ。
それより早い速度が並の人間に出せるのだろうか……?
だが現に、乾芭はその速度を維持し続けている。
このままいけば一時間以内には接敵してしまうだろう。
いつまで経っても走り出さないテールを急かすように、スゥが腕を引っ張る。
だが一度止まってしまった体はなかなかいうことを聞いてくれない。
脚が重く、一歩進むだけでも気合を入れなければならなかった。
「っ!」
「いや……無理です……」
「はぁ、はぁ……どうしましょう……」
額の汗を拭って後ろを確認するメルは、剣の柄に手を置いて思案していた。
追いつかれるのは時間の問題。
このまま逃げていても、体力を消耗するだけで根本的な解決には繋がらないことは明白だった。
「そうだ……! スゥさん! 木幕さんたちの方に逃げませんか!?」
「っ!」
その提案に、スゥは手を打った。
地面から獣ノ尾太刀を出現させ、柄に手を置いて彼らの場所を確認する。
だがすぐに首を横に振った。
「だ、駄目なんですか?」
「っー……」
彼女が指を刺した方向は、今まさに逃げている反対方向だった。
要するに、木幕たちと合流しようとすると、先に乾芭と接敵してしまうのだ。
元来た道を戻ることになるので、この提案は捨てるしかない。
しかし木幕たちも何かを察してこちらに急いで合流しようとしているらしい。
不幸中の幸いであるが……索敵魔法を持っている仲間が誰かいたのだろうか?
とはいえ、とても間に合いそうな距離にはいないが。
「スゥさん、どうしましょう……」
「っ!」
「や、やっぱりそうなりますよね……」
メルが困ったように尋ねたが、スゥは胸を張って獣ノ尾太刀を持ち上げた。
どうやら迎え撃つらしい。
確かに現状を考えるならば、今はそれしか方法はないだろう。
勝てるかどうかわからない相手ではあるが、やるしかない。
覚悟を決めたメルはすぐに戦闘態勢に入れるように両刃剣・ナテイラを抜刀しておく。
スゥも獣ノ尾太刀を抜刀し、片手で軽々と振って肩に担いだ。
『ようやくやる気になったか』
『『ああ、そんじゃテールはメルから離れないようにしてね。僕の奇術の効果範囲は狭いんだ』』
「わ、わかりました……!」
『では、我を使え! ぐぬはははははは!!』
その笑い声に苦笑いをしつつ、テールは灼灼岩金を丁寧に抜刀したのだった。




