8.17.実る果実
朝日と共に目が覚めた。
目を擦って周囲を確認してみると、馬車ではなくまったく知らない場所だった。
昨日は何をしていたのだったか。
少し考えこむとすぐに脳内に昨日の記憶が蘇る。
バッと立ち上がって警戒するが、特に何もない。
乾芭はまだ自分たちを見つけ出してはいないようで、襲撃された形跡もなかった。
腰には相変わらず灼灼岩金と隼丸が携えられており、テールが起きたことを確認すると声をかけてくる。
『起きたか、小僧』
『『おはよー。昨日は特に何もなかったよ。今も灼さんの奇術に乾芭は引っ掛かってないみたい。まだ安心して良さそう』』
「あ、分かりました」
隼丸からの報告を聞いて、ほっと胸をなでおろす。
ようやく警戒心を解くと腹の虫が小さくなった。
空を見てみれば、もう太陽が真上に来そうな位置だ。
ずいぶん眠ってしまっていたらしい。
そのせいか……体が少し痛かった。
伸びをして体をほぐしていると、後ろから小さな足音が聞こえて来た。
振り返ってみるとスゥが木の実を沢山抱えおり、そのまま足元までやってくる。
「っ!」
「え、いいんですか?」
「っ」
見たことのない果実ばかりだが、どれも見事に熟れていて美味しそうだ。
赤と桃色の果実を一つ手に取ってみる。
赤い部分は硬く、桃色の部分は柔らかい。
一口食べてみるとみずみずしい果汁が口いっぱいに広がり、乾いていた喉を潤してくれた。
甘みと酸味が混じっており、その配分が絶妙でとてもおいしい。
表情を見て口に合ったのだ、と理解したスゥは笑みを浮かべて座り込む。
抱えていた木のみを膝に置いたあと、自分もテールが食べたものと同じ果実を口にした。
結局これが何の果実なのかは分からなかったが、美味しいのであまり気にしないことにした。
食べ終えるとスゥが新しい果実を手渡してくれるので、お礼を言ってそれも食べる。
二人は果実がすべてなくなるまでそれを繰り返し、満腹になった腹をさすった。
「こんな美味しい木の実、この辺にあったんですね」
「っー」
スゥが首を横に振った。
「え、違うんですか?」
コクリと頷き、近くにあった獣ノ尾太刀をトントンと軽く叩く。
すると、二人の足元から小さな枝がにょきっと生えてきた。
スゥの腰ほどの高さまで成長すると小さな果実を幾つか実らせ、それが次第に大きくなる。
「え!?」
驚きの声に満足したように、スゥは笑う仕草を取りながらそれを摘み取った。
比較的硬い果実だったようだが、カリッと良い音を立てて食べる。
木の実を集めてきたカラクリを教えたあと、硬い果実をバックの中に詰めていく。
恐らく次の食事で食べるつもりなのだろう。
日本刀が持つ魔法は、こんな事もできるのかと心底驚いた。
こんなのは今までに見たことがないし、なによりこれがあれば貧しい里を豊かにすることだってできる。
テールはまだ目にしたことはないが、この世界には貧しい国も多いと聞く。
そう考えるとこの魔法はとても重宝されると同時に、とても危険なものになりかねなかった。
「凄い……」
『が、この奇術を他の者が知れば、狙われるな。大地を味方に付ける、か。我とは少し……いや、随分と違う奇術だな。殺すだけの我とは、違う様だ』
人を切る刃もあれば、人を救う刃もあると教えを説いている様だった。
だが救うというのはテールにはあまり良く分からない。
武器は何のためにあるかというと、戦うためにあるからだ。
この答えを見つけるのも、また修行の内なのだろうか。
そうしていると、メルが合流した。
どうやら川に水を汲みに行っていたらしい。
一人でいるのは危険ではないのかとも思ったが、スゥは常にメルの位置を把握していた様で、周囲にも気を配っている。
なにかが接近すれば、すぐに駆け付けることができるようにはしていたようだ。
さて、そろそろ移動しなければならない。
ずいぶんと寝過ごしてしまった様だし、後れを取り戻すためにもすぐに出発した方がいいだろう。
「よし、行こうか」
「だね」
「っ!」
相変わらず警戒しながらではあるが、三人はその場からようやく動きはじめたのだった。
◆
細切れにされた肉体から放たれる血の臭いに誘われて、まずは鳥がやってきた。
肉片をついばみ、食べられそうなものを飲み込む。
死骸が獣の糧になっていくのは自然の摂理だ。
だがこの死骸は……そう見えるだけでまだ生きていた。
肉片を口にした鳥たちが一斉にもがき始める。
口から無理矢理黒紫色の粘液質の塊が出てきて、地面にぼちゃりと落ちた。
スライムのように動いて散り散りになった塊が一つになり、グリンッと一つの目玉だけが作り出される。
それは左右をギョロギョロを見渡し、誰も居なくなってしまった河原で起きあがった。
人の体を作り出し、のけぞるようにして再生した体はあの時のままだ。
そして体の中に手を突っ込み、忍び刀を取り出す。
三日月のような笑みを浮かべた乾芭道丹はしゃがみ込み、地面に片手を置いた。
大地に伝わる振動を指先で感じ取り、耳を澄ませて風に乗ってくる音を捉える。
スンスンと鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ取り……標的を発見した。
「くくくく……。あの侍からは、離れているようだな……。であれば、好機」
脱力したようにカクリと膝を折った瞬間、ばねの様に跳ねて加速する。
森の中を音もなく進み……標的の下へと走っていった。




