8.13.竜間流と闇陰流
まず動いたのは分身だった。
全員が背中にある忍び刀を抜刀し、数の暴力で攻めてくる。
さすが、勝ち方にこだわりを持たない忍びといったところか。
かくいう西行と辻間もそこまで明確なこだわりがあるわけではない。
なのでこの戦い方もありと言えばありなのだ。
負ける方が劣っていただけ。
ただそれだけの答え以上に何を求める必要があるのだろう。
であれば負ける方は、敗北を受け止めなければならないのだろうか。
それは否。
相手を上回る抜け道を探し出せばいいだけだ。
西行が地面に沈んだ。
背中に感じていた気配が消えたことを確認した辻間は、回していた分銅を短めに持って一番早く接近してきた分身に振るう。
三日月のような笑みを浮かべたままの分身はそれを刃で防ごうとする。
これで鎖は使えなくなり、四方八方から来ている味方に任せてやれば簡単に始末することができると考えたのだ。
だがその考えは甘かった。
パキンッ!
分銅は忍び刀の刃を的確に狙った。
横からの衝撃に弱い刀は簡単に折れてしまい、素早い速度で再び振り上げられた分銅が分身の頭を貫く。
でろりと溶けたことを確認することもせず、辻間は両手を使って分銅を操った。
自身から半径二メートルを攻撃範囲とし、器用に分銅を操って迫りくる忍び刀を尽くへし折る。
可能であれば分身を倒し、再び振り下ろされる忍び刀をまた弾いてへし折った。
これが辻間鋭次郎の戦い方だ。
鎖鎌は最弱の武器といわれたりもするが、時と場合、そして使い手によってそれは覆る。
確かに鎖鎌という武器は強い場面と弱い場面が多いように思える。
相手が武具をしていた場合は途端に弱くなるし、使い手がただ分銅を大きく振るうだけ、もしくは投げて飛ばすだけしか知らない場合も弱くなるだろう。
だが、相手が武具をしていない場合、一撃を与えるだけで痛手となる。
更に致命傷にもなる程の凶悪な武器。
そして辻間は鎖を長く伸ばして振るうことを嫌い、短く持って手数を増やすことを好んだ。
その結果、この不規則な動きをする武器を操りながら数十人と戦うことができる技術を身に付けた。
この数瞬の間に倒せたのはたった四体。
今は奇跡的に分身と戦えているが、虚を突いた攻撃であるため攻撃が通っただけに過ぎない。
そろそろ同じ技が通じなくなってくる頃である。
辻間の読み通り、案の定分身は距離を取り始めた。
全員が一斉に手裏剣を取り出し、それを辻間目がけて一斉に投げつける。
弾くか避けるか、と迷っていたが次の瞬間、突然浮遊感に襲われた。
地面の中に落ちた辻間は何も見えない空間に放り投げられる。
しかしすぐに地上に戻ってきた。
その位置は、分身の背後。
反射的に鎌を振るって分身を仕留めた辻間は、まだ状況を理解していない他の分身に分銅を投げつける。
それは見事に頭へ直撃した。
でろりと溶け、何もなくなる。
西行はというと、辻間を地面の中に引きずり込んだと同時に入れ替わりで分身を仕留めていた。
持ち前の素早い動きで二体を奇襲で倒し、忍具を使って三体を仕留めた。
しかしそれ以降は分身に捕捉されて攻撃を尽く阻止されてしまい、もう一度闇を操って地面に逃げた。
西行の魔法は闇。
闇を作り出して逃げたり、奇襲をしたり、壁を通り抜けたりと意外と様々なことができる。
特殊な移動に特化しているだけなので攻撃にはほとんど使用できない。
だがそれだけでも十分使い処はあった。
なにせ、本体の真後ろを取ることができるのだから。
「高みの見物はそろそろいいでしょう」
先ほどの教訓を踏まえ、西行は鞘に注意を払いつつ小太刀を突き刺す。
だがその瞬間ぐりんと回転した乾芭は足に仕込んである防具でそれを受け止める。
蹴り飛ばされるように後退し、何度かステップを踏んで再び構えた。
「そうだな。やはり分身は、気配を感じ取れない。いかんなぁ」
分身が一斉に溶け、その場にいなくなった。
簡単に仕留められたのはそういうことかと納得した二人は、今度こそ本当の戦いだと腹に力を入れる。
相変わらずいるのかいないのかよく分からない気配を纏っている乾芭が、忍び刀を構えた。
姿勢を低くして前かがみになり、残っている腕は背中に隠している。
忍具を何か取り出している可能性を考慮しながら、西行はにじり寄る。
「闇陰流……」
真横に移動し、木の陰に隠れる。
しばらく姿を現さない事に疑問を感じた乾芭は、上を見上げた。
そして口角を上げる。
「闇陰流か。お前、あの里の若造だったか」
「ふんっ!」
「はぁ!」
真上から落ちて重力と共に攻撃を繰り出す。
だが想像以上に強い斬撃に体が跳ね上げられてしまった。
とはいえ慌てることなく着地して、次に来る攻撃に備えて木の陰に隠れた。
「竜間流!」
大木を蹴って瞬時に乾芭に肉薄した辻間が、持ち前の器用さで連撃を繰り出す。
一撃一撃に力を込め、忍び刀を折ろうとするのだが乾芭はそれを完全に見切って受け切った。
凄まじ金属音が森の中に響き渡り、未だに隠れていた動物もこれは危険だ、と逃げ出していく。
最後の鎖鎌で頭部を狙うが、それだけは危なげなくしっかりと受け止められた。
力を入れ続け、ギチギチと鍔迫り合いが続く。
「竜間の弟子か」
「竜間の兄貴とお前、どっちが強いんだろうな?」
「さてな」
危険な気配を感じ取った乾芭が鞘を背から抜く。
糸で固定してあったがそれを引き千切り、後方から迫る西行の攻撃を受け止めた。
それと同時に辻間が下がり、分銅で連撃を繰り出す。
今度は最低限の攻撃だけ受け止め、あとは回避に専念したようだ。
西行は追撃を止め、一度辻間と合流する。
「やっぱお前、そっちの方が強いじゃん」
「あったりめぇだろ。得意武器だぞ? てか西行も久しぶりに闇陰流の技使ったな」
「あんまり見せるもんじゃないんだけどな……」
そんな会話をしている二人を見ながら、乾芭はまた笑った。
もう十分だろう、という笑みのように思えた辻間は、警戒をして構える。
「くくくく……。よしよし、辿り着いたようだ……」
「……あ?」
「お前たちに一つ聞きたいことがあるのだが、いいか?」
「「……」」
どうせ碌でもないことだ。
話に乗じて攻撃を仕掛けてくるつもりなのだろう、と思っていた二人の目の前で……乾芭の腕が溶けた。
「あ?」
「え」
「……お前ら、いつから俺が“本物”だと勘違いしていた?」
ケタケタと笑いながら溶けていく分身を、二人は呆気に取られて見ているしかなかった。
地面に吸い込まれていく笑い声が、やけに耳に付く。
完全に静まり返った森の中。
しばらく立ち尽くしている二人だったが、次の瞬間顔を見合わせた。
そして木幕たちのいる方向へと全速力で走っていった。
「このどちきしょうがああああああ!!!!」
「うるせぇ口動かさずに足動かせ馬鹿!!」
「わーっとるわぁああああ!!!! あいつ!! ぶっ殺す!!!!」




