8.12.一人だが二人
じゃらじゃらと鎖が地面を引きずりながら移動し、一瞬で消え去ったと思ったら鞭のようにしなって標的へと向かっていく。
その威力は強力で、木に当たろうものならいとも簡単に皮を剥いでしまう。
だがそれは一切当たる気配を見せず、拘束にシフトチェンジした後も捕まえられる気配を見せなかった。
辻間が鎖を引く。
回転させて腕に巻き、振り回すのに丁度いい長さだけ残して乾芭に接近する。
中距離がダメなら至近距離で戦おうとしたのだが、それを待っていましたと言わんばかりに乾芭の口角が上がった。
長さ三メートルほどの鎖が叩きつけてくる。
それを腕で受け、腕に巻き付かせた。
「!?」
「くくっ……」
ぐんっと引っ張り辻間を引き寄せる。
だが何をするのか瞬時に理解していたので、腕に巻き付けていた鎖を緩めたおかげで引き寄せられつことは避けられた。
とはいえ武器を握られてしまったことには変わりない。
この変則的な動きをする鎖をよく捕まえたものだと感心しながら、もう片方の腕に巻いていた鎖を伸ばして再度叩きつける。
体勢からして避けることは不可能だったが、乾芭は忍び刀を片手で器用に操って飛んできた鎖の先端を的確に弾いた。
軌道がずらされ、地面に叩きつけられる。
「チッ! さすがに鎌と分銅がねぇと無理か!」
「あっても無理だ」
ひょうと空気を切った音が森の中に響く。
忍び刀が辻間を襲ったが、紙一重で回避して乾芭に捕まれている鎖を捨てた。
後退して構え直し、鎖をヒョウヒョウと振り回しながら警戒する。
鎌があれば先ほどの攻撃を防ぐことができたのだが、今はそれが手元にない。
鎖の先端に付属するはずの分銅もなく、威力速度共に以前より劣っていた。
こちらが得意としている武器がない以上、乾芭に鎖だけで勝るのは困難を極めた。
今の今まで、ただ遊ばれているだけだ。
時々攻撃を仕掛けてくるが、それも余興の一つに過ぎないのだろう。
殺意がまったく感じ取れなかった。
「影沼」
乾芭の後ろから西行が小太刀を二振り持って地面から飛び出してきた。
至近距離であるためその首を的確に狙って武器を振るうが、それは背負われている忍び刀の鞘によって完全に防がれる。
どうやらこの鞘には細工がしてあるらしく、目の細かい鎖が巻かれているようだ。
暗がりでそれを見分けることができなかったことを悔いつつ、西行は一度距離を取ってから辻間を息を合わせて挟み撃ちにする。
西行は小太刀二振りを、辻間は鎖と懐から取り出した短剣を握り、乾芭に肉薄する。
両者が一斉に武器を振るうと……彼は簡単にズバッと斬られた。
だがその瞬間、でろりと体が溶けてしまう。
「幻術……」
「おいおい幻術使いだなんて聞いてねぇぞ! あのクソジジイ!」
ガサリ。
初めて、乾芭が音を立ててその場に現れた。
辻間が眉間にしわを寄せてゆっくりを振り返ると、三日月のような笑みを浮かべてこちらを楽しそうに眺めている男の姿が目に入る。
癇癪に物を言わせて鎖を男に叩きつけると、避ける動作すらせずにベチンッと斬られた。
でろりと溶けて何もいなくなる。
「やっぱりな」
「実態がある幻術というのは変な話だ。普通は霧散する」
「んじゃこれがあいつの奇術か?」
「……おいちょっと待て。俺たちってよ、あの偽物と互角以下で戦ってたよな」
「……そう、なる」
「気付いたか?」
森の四方八方から乾芭の声がした。
がさがさと技と音を立てるように出てきた男たちは、乾芭とまったく服装をしていて武器も背中に背負っている。
ざっと見、三十人はいるだろうか。
どれもが三日月のような笑みを浮かべて楽しそうにこちらを眺めている。
まるで、見世物でも見ているかのような顔で。
西行と辻間は背中合わせになってこの状況に歯を食いしばる。
この分身すべてが、乾芭と同等の力を有している可能性が高いということに気付いてしまった。
絶対に敵にやり合いたくない相手が、三十人以上いるとなれば、さすがに気が滅入るというもの。
「おいどうすると西行」
「木幕殿に、お前も奇術を使えるようにしてもらうか?」
「それじゃ間に合わねぇだろ。お前が今死んだら一番まずいし」
「逃げるのは得意なんだけどね」
「今は逃げられねぇって知ってんだろ……」
これを、こいつらを、木幕たちの所へ向かわせてはならない。
毒を使ってくる以上、テールたちが危険に晒され続ける。
であれば、ここで何としてでも阻止して、あわよくば乾芭を倒す。
これが成せないのであれば……自らの死は、遠いものとなるだろう。
「さぁ辻間。そろそろお前も魂で鎖鎌作るんだな」
「……チッ、しゃあねぇ……」
「なんでそんなに頑ななのさ」
「この鎖は、本物だからな」
辻間は鎖を仕舞い込み、魂から鎖鎌を作り出す。
懐かしい重さを感じつつ、分銅を回した。
明らかにぶつかったら木の皮を剥ぐだけでは済まないほどの音が森の中に響き渡る。
「じゃ、やりますか」
「ああ」
覚悟を決めた二人に対し、本物の乾芭は目を細めた。
口角が目に見えて下がり、詰まらなさそうに肩を落とす。
「……もういいか」
その言葉が合図だったかのようにして、周囲の分身が一斉に襲い掛かってきた。




