8.10.迫る毒煙
「……ってのが、僕が集めてきた情報かな」
「少ないですね」
「レミさん、君……酷くない??」
死に掛けの状況にまでなって集めてきた情報だというのに、そう言われてしまうと肩を落としてしまいそうになる。
ましてや本業ではないのだ。
素人なりに集めたのだから、少しくらいは褒めて欲しいものである。
隼丸がその会話を聞いてケタケタと笑っているのを無視し、テールは自分なりにも考えてみた。
一番分からないのは、ライア・レッセントの攻撃を全て受け止めるほどの素早さで動くことができる西形の突きが、素手で止められたということ。
これが解決できれば西形だけで片が付くのだ。
彼の持っている魔法が“毒煙”であるのなら、その技は一体どういうものなのか。
先ほど西形が教えてくれた乾芭の発言、『お前が勘違いしたのだ。俺は、元よりその場にいない。突きを繰り出したあとの槍を握って、何を驚くことがある??』。
この意味を紐解けば何とかなりそうな気もしてくる。
その場にいない、ということは本体はそこにいないということ……だと思う。
そういう魔法は昔あったと聞いたことがある。
だが……。
「あの、西形さん。皆さんは一つしか魔法を使えないんですよね?」
「そうなるね。武器には一つしか魔法がない」
「じゃあどうして乾芭は……西形さんの攻撃を受け止められたんでしょう?」
「分かったら苦労しないんだけどね……」
それはそうだ。
だが少しでも予想を立てれば、あとは実験して可能性を絞り込むことができる。
……これだけだと、それも難しいのではあるが。
「とりあえず、見えている姿と本体は別々だと考えてもいいかもしれませんね。そうなると灼さんが役に立ちます」
『ん?』
「ああ、そうか。地に足さえ着けていれば、敵の位置が分かるんだもんね。でも……そうなるとあの分身は何?」
「ん、んんー……」
影武者、という線は非常に薄いだろう。
同じような技量を持った人物がここに来ているはずがないし、抜け忍ということで情報を全員に共有されていた。
影武者が居ればそれもバレていたはずだ。
となると、ますますその分身をどうやって作り出しているかが分からなくなってくる。
「あのー、二人で話し合ってるところ悪いんだけど……。善さんたちの魔法って、必ずしも一つとは限らないですよ?」
「え?」
「あっそうだった」
「西形さん??」
テールはともかく、西形はそれについて知っていなければおかしい。
ばっと顔を見上げると、それよりも速い速度でそっぽを向かれた。
西形に呆れつつ、レミはテールに教えてくれる。
「テール君が会ったことある人だと、葛篭さんがそれに入るわ」
「そうなんですか?」
「ええ。あの人は土を操る能力と、身体能力を向上させる魔法を持ってる。もしかしたら、乾芭も二つ持ってるかもしれないわね」
「ち、因みになんですけど……。一番多く魔法を持ってる人って……何個持ってるんですか?」
「……五つ」
「五つ!!?」
複数個魔法を持てるということが発覚した以上、西形の槍を掴んだ乾芭は何かしらの魔法を使ったということになるだろう。
少なくとも、二つは魔法を所持している。
テールでは到底戦えそうにないし、何なら毒使い。
煙に囲まれた時点で死が決定する。
すると……遠くから金属音が聞こえて来た。
先ほどまで黙って話を聞いていた彼だったが、静かに自身の持つ日本刀に手を掛ける。
「始まったか」
「え? え? も、もももしかして僕……連れて帰ってきました?」
「そのようだな」
「何してるんですか西形さん!!」
「め、メル起こしてきます!」
「いや僕奇術使って逃げたよぉ!? 追いつけっこないはずだよぉ!!?」
とはいえ結果は結果。
どうにかして乾芭は西形の逃走先を把握していたのだろう。
どうやったのかは分からないが、今は迫る脅威に備えるのが先決である。
テールはすぐにメルを起こしに行った。
どうしてあの爆音を聞いて寝ていられるのか疑問だったが、スゥもそうなのであまり気にしないでおく。
しっかり灼灼岩金と隼丸も回収し、腰に差す。
砥石も忘れないようにして布に包み、鞄の中に仕舞って持って行く。
西形がレミに怒鳴られ続ける間、木幕はただ一点を見つめていた。
睨みを利かせ、何か妙な違和感があることを悟る。
その違和感の正体は……西形にあった。
魂のみの存在のはずだが、確かにいつもとは違う点があるように思えてならないのだ。
頭のてっぺんから足先までを見て確認をする。
先ほど治した時にも、似たような感覚があった。
これは放置しておくとマズいものだと、木幕は直感する。
小太刀を取り出し、鯉口を切る。
音に反応してレミと西形が口をつぐみ、ようやく木幕を見た。
「え? 木幕さん? どうしたんですかそんなの取り出して……」
「西形、お主……何処を斬られた」
「どこって……。ああ。足と、背中です」
「右足か? 左足か?」
「右ですね」
「そうか」
スパッ。
チンッ。
見えない抜刀。
月明かりにほんの一瞬だけ照らされた刀身が見えたと思ったら、西形の右足が切断された。




