1.13.研ぎ師の現実
明らかに苛立たし気にしながら放った言葉には棘がある。
仕事を馬鹿にする、とはいうがテール自身他の人の仕事を馬鹿にするつもりは毛頭ない。
なのにどうしてそんなことを言われなければならないのかが分からなかった。
会ってそうそう不愉快な気持ちになる。
眉間にしわを寄せてむくれていると、男もまた眉にしわを寄せた。
カルロの顔を見て合点がいった様に鼻で笑う。
「お前、まだ説明してねぇんだな? ってことはくそド田舎からやってきた弟子って訳か。何も知らないのに研ぎ師職人の道を選ぶとは可哀そうなこった! 他にもスキルはあっただろうに、誰にそそのかされた? ふははははは!!」
「僕は研ぎ師スキルしか持っていません」
「はははは……はぁ!? んなことあんのかよ! いや、なんにせよそりゃ残念なこったな!」
「あの、どういうことですか? ちゃんと説明してください」
何かにつけて馬鹿にしてくるような態度には腹が立つ。
少し睨みを利かせるが子供の目線など大人にとっては痛くもかゆくもないものだ。
しかし不愉快だということは向こうも理解しているらしい。
それでも男は馬鹿にした態度を変えようとはしなかった。
ずいっと前に出てきて顔を近づける。
「じゃあ俺が説明してやる」
「ちょ、ちょっとレボルオさん! 子供なんですよ!?」
「だからだろうがよ。初めのうちから理解しておいた方がいいに決まってる! てめぇは黙ってろ!」
「っ……」
カルロが止めようとしたが、それはあっけなく跳ね返される。
レボルオと呼ばれた男はテールの顔を再び見た。
「まず研ぎ師ってのはな。必要とされてねぇ職業なんだよ」
「なんでですか」
「はっ! 考えてもみろ! 鍛冶師が丹精込めて打った剣、それこそが鍛冶師にとっての完成品! 冒険者もこぞってその武器を買いに来る! 刃が零れれば自分で直すための研ぎ石もあいつらは常備してるんだ! それにわざわざ金払って直すより、新しい剣を買うのが一般的とされている! なんせそっちの方が冒険者にとっても、俺ら鍛冶師にとっても有益だからな! だからよ、この過程において研ぎ師なんてもんは必要ないんだ」
この世界で剣とは。
悪くなれば買い替えることが一般とされている。
確かに使えば刃は悪くなるだろうが、冒険者は自分で手入れできる範囲のことは自分でやってしまうのが普通だ。
わざわざ金を払って鍛冶師や研ぎ師に修復を依頼することはほとんど……いや、まったくと言っていいほどないだろう。
新品の方が安心感がある、と冒険者は口をそろえて言う。
折れてしまえば買い替える。
酷い刃こぼれは剣が折れてしまうことに繋がる為、自分の手で直せないと判断した場合もまた買い替えるのだ。
金を払って安全な戦闘をすることができるのだから、こうした方がいいに決まっている。
戦闘中剣が折れてしまえば目も当てられなくなる状況に一変するのは、火を見るよりも明らかだ。
戦えなくなるということはパーティーメンバーをも危険にさらしてしまう行為となりえる。
しかしレボルオが発言した通り、武器を手入れ、新調する過程には研ぎ師の仕事は一切含まれない。
なぜ研ぎ師というスキルがあるのかすらも理解できていない彼らは、好んで研ぎ師に自分の愛用の武器を任せることはしないのだ。
必要とされなくなる職業は、いつしか消えていく。
今までもそうではあったが、研ぎ師だけは何の因果か常に存在し続けていた。
誰もその存在理由を知らない“誰にも必要とされていないスキル”。
それが研ぎ師スキルであり、不遇職と言われている所以であった。
「だからてめぇらは研ぎ師じゃなくて磨き屋って呼ばれてる。ギルドの依頼で仕方なくお前らに剣を渡して磨き、貴族の献上品にしているが……。俺たちにとって打った剣こそが最高の出来栄えなんだ。それをまた磨く? それは俺たちの仕事にケチを付けてるってことだ! まだ完璧じゃねぇってな!!」
その圧に押されて、テールは一歩引いてしまった。
彼らの職人としての自尊心が高すぎるからこうした考えが一般化されてしまったのだろう。
しかしテールは知っている。
この“研ぎ師”というスキルは、極めれば最強の補助スキルになることを。
神様が言っていたのでこれに間違いはない。
研ぎ師というスキルが必要とされていないのは分かった。
だがそれは、その真価を知らないからだ、とテールは即座に理解する。
そう考えるとレボルオの発言に怒りが込み上げてきた。
必要としていないと助長しているのは、鍛冶師たちのこういった考え方にあるからだ。
拳をギュッと握り、一歩前に踏み込んだ。
「そんなことない!!」
「いいやあるね!!」
「て、テール君!?」
「貴方たちは何も知らないだけだ! それに神様がくれたスキルが不必要なものなわけがない!」
「だが消えていったスキルもある! 測量スキルや石積みスキルが土木スキルに合併されたようにな! これは神様も不必要なスキルは消すということだろ!」
「でも僕たちは残ってる! 神様が僕に──むぐぐっ!?」
「テール君!!」
バッと飛び出したカルロがテールの口を押えて抱え上げた。
この調子で話させていると、彼が神様に出会ったことを口走りそうだったからだ。
腕の中で暴れてレボルオに何か文句を言い続けていたテールだったが、それを何とか抑えてカルロは頭を下げた。
「きょ、今日のところはこれで!」
「そいつ二度と連れてくんじゃねぇぞ! 分かったなぁ!!」
「保証はしかねます! それでは!」
とりあえずこの場から離れなければならない。
これ以上騒ぎを起こすとギルドに目を付けられかねないからだ。
鍛冶師とギルドは仲がいい。
武器の調達などは鍛冶師がいなければできない事なので、関わり合いが多いのだ。
カルロはテールを抱えたまま走って作業場へと戻ることにした。
そうしている間にテールは落ち着きを取り戻していたようだが、相当悔しかったのか今は腕の中で泣いている。
まだ仕事を始めたばかりだというのに、研ぎ師に対する愛着が凄いと思いながら、その背中を撫でた。
これも一つしかないスキルの影響なのだろうか。
しかし不本意な形で研ぎ師の現実を見せてしまったことを申し訳なく思う。
この事は一度帰ったらしっかり話さなければならないなと思いながら、足早に作業場へと帰ったのだった。