8.8.いるのにいない忍び
馬の背に乗り、整備された道を駆け抜ける。
懐かしい乗馬の操作を思い出しながら、馬の機嫌を確認しつつ木幕たちが待つ馬車へと向かっていた。
道中様々な行商人やら冒険者、旅人などとすれ違っては珍しいものを見るような目で見られたが、それももう慣れたものだ。
今更気にしてはいないので、さっさとその場を通り過ぎる。
この速度で行けば四日程度で目的地には辿り着くだろう。
その間の馬の世話は自分がやる。
幸い個人的に所持していた魔法袋の中には馬のための食事や水がたんまりと入っていた。
手入れ道具も入っているし、準備だけは完璧だ。
……今まで馬がいなかっただけで。
「ん~懐かしい……! レッドウルフに騎乗した日を思い出すなぁ!」
あいつの肩幅は大きかった。
脚を大きく広げなければ跨れなかったが、足を踏みしめる度に伝わってくる振動のなんともよかったことか。
馬とは違う重圧と頼れる背中。
もう一度跨りたいと思うのは我儘だろうか。
とはいえ、馬もいいものだ。
一定の感覚で蹄が地面を蹴り、風のように走ってくれる。
レッドウルフは毛が多くあまり激しい足音を立てないが、馬は自身の存在とその走りの強さを強調させるように大地を蹴る。
この音がいいのだ。
乗り慣れた懐かしい背中は頼りがいがあるし、なにより安心できる。
結論、どちらもいい。
是非とも他の魔物にも跨ってみたいものだと思いながら、ふと後ろを振り返った。
今回の目的地であるミルセル王国は既に遠くに見え、城壁が小さく見える。
やはりこの馬は良い馬だったようで、走る速度が速い。
良い買い物ができたと満足して正面を向く。
……今、視界の隅を何かが通り過ぎた。
丁度正面に向きなおる時森の方に顔を向けることになったのだが、その中に何かいたような気がする。
バッと真横を向き、それが何だったかを確かめた。
馬と並走しているような感覚がした気がするのだが、何かの魔物だろうか。
この世界の魔物は種類が多い。
馬と並走できる個体は意外と多いのかもしれない。
だが、森の中でそんなことができるだろうか。
木々が生い茂る中……この速い馬と並走する魔物がまったく想像できなかった。
それに……今は昼だ。
時刻にして午後三時を回ったところだろうか。
明るい内に魔物が街道の側にある森に現れるとは考えにくい。
ではなんだ?
改めてその姿を確認する。
「は?」
「……(ニィ……)」
不気味な白い歯が、三日月のような笑みを浮かべていた。
音もなくこの馬と並走し続けるのは、一人の人間だ。
忍び装束、その背には忍び刀。
恍惚とした笑みには何かの期待を膨らませている様にも見える。
その姿を目視した西形は、即座に馬から飛び降りた。
「そのまままっすぐ走れよ!!」
言葉の意味を理解したのか、一度声を出してその場から真っすぐ駆けていってしまった。
ゴロゴロと転がって着地した西形は受け身を完璧に取り、無傷で立ち上がって槍を構える。
あれが散々話していた乾芭道丹という忍。
予想以上に不気味な存在だったが、それは紫色に染まった瞳がそれを助長させているのだろう。
人間がするような顔ではなかった気もするが、今はその考えを捨て置いた。
「乾芭道丹とお見受けする!!」
「ああ」
「!!!!」
真後ろからの声。
即座に魔法を使用してその場から離脱する。
光の速度で移動することができる西形は、その場から一瞬で消え去り少し手前で乾芭に武器を向けて構えていた。
先ほどまで彼がいた場所に、忍び刀が差し出されているところを見るに、避けていなければ後ろからぐっさりと刺されていたことだろう。
(……気配も何も……ない……!)
音もなく、気配もなく、なんなら今目視で見ているのにも関わらず、存在そのものがその場にないような気さえする。
見えているのにそれを疑問に思うというのはどういうことなのだろうか。
存在はしているが、その存在感は皆無といっていいほどにない。
だが偽物というわけではないだろう。
もう訳が分からなくなりそうで、頭の中がごちゃごちゃだ。
乾芭は昼だというのに目立つ真っ黒な忍び装束でその場に立っている。
今の一撃を避けるのか、と驚いているような、それとも面白がっているような顔でニタリと笑った。
顔を見せる忍びというのも珍しい。
だが裏を返せば、それだけの技量を有しているということになる。
素顔を見た者を、絶対に生きて帰さないという技量が。
「……忍びが白昼堂々と動くなんて知らなかったよ」
「……」
「でも生憎僕は君と付き合っている暇はない。ていうか君倒せばそれで終わりだしね」
ぐっと手に力を入れ、魔法を発動させる。
槍の穂先を乾芭の首に狙いを定め、一瞬で刎ね飛ばす。
この魔法を使用している最中は西形自身周囲を確認することができず、手の感覚で首を落としたかどうかを確認することになる。
場所の把握さえできていれば、数百人だろうと一瞬で殺すことができるのだ。
これを避けた人物はいない。
対策を取った人物なら一人居るが、乾芭がそれをできるとは思えなかった。
そして伝わってきた手応え。
これで終わりだと思って目を開けてみると、そこには相変わらず首が付いたままの乾芭が立っていた。
この状況に理解が追い付かず、目を見開いて驚愕する。
何故、生きているのだろうか。
改めて今の状況を確認してみると、乾芭は……西形の槍を手に持っていた。
それも、片手で。
光の速度で突きを繰り出す西形の技が、止められたのだ。
「なっ……!!?」
「目の位置。眉毛の動き。手の握り。つま先の動き。心の蔵の音。血脈の鼓動。判断する材料は、山どほあるなぁ……??」
「この速度を何故……!」
「お前が勘違いしたのだ。俺は、元よりその場にいない。突きを繰り出したあとの槍を握って、何を驚くことがある??」
「……は……?」
存在といい、言動といい、分からないことが多すぎる。
力任せに槍を振るって無理矢理手を引きはがし、距離を取って再び魔法を使用した。
今度こそと思って繰り出した一撃だったが……。
「何度やっても、同じ事」
再び槍を握られていることに気付いた瞬間、忍び刀が左足を貫いた。




