8.7.間一髪
西形の回収には少し苦戦してしまった。
その理由としては隼丸の無茶な要求のせいだ。
自分を水に絶対に浸けるな、という条件で魔法を使わせてくれると言うのだ。
川の真ん中に落ちた西形の所まで行くには深い川を必ず泳がなければならない。
無理では?
と思ったのだが、西形が何とか浮上してきてくれたおかげで潜らずに済みそうだった。
隼丸の魔法を使用し、即座に駆け付ける。
彼の魔法は三秒後の地点までの瞬間移動、だとテールは考えている。
移動距離は最長二十メートル。
使用後は一秒間のクールタイムがあるようで、連続で使用することはできない。
だがこれは地上で使用した場合だ。
水中で使用する場合はそれに応じた距離しか移動できないらしい。
少し時間はかかってしまったが何とか西形の下までたどり着き、隼丸を水に浸けないようにしながらもう片方の手で西形の服をがっしりと掴む。
魔法を使用して移動し、八回発動させてようやく岸にたどり着くことができた。
テールは肩で息をしながら両手を地面に着ける。
西形は寝転がったまま大きく咳き込み、息を整えていた。
「ぜぇー……はぁ……思ったけど……。は、隼丸の、魔法って……早送り……ですよね?」
『『はやおくり?』』
「水中で、移動速度が……遅くなるってことは、瞬間移動じゃないなって思いまして……」
『『へぇ?』』
瞬間移動に見えるほどの早送り、というのがいいのだろうか?
なにかに邪魔されることもなく、自分だけが三秒前の位置にも戻ることができる奇妙な魔法。
説明がとても難しいが、恐らく日本刀も理解してはいないだろう。
と思っていたのだが、どうやらそうではなかったようだ。
感心したように饒舌になる。
『『主も僕の奇術を“邪魔されない高速移動”って言ってたよ。三秒間、人間が取る行動を終わらせるのが僕の奇術。そんで三秒前までの位置から、好きな行動を三秒間までなら終わらせられる。捕まっても三秒内なら抜け出せるし。でも水中では動きが鈍るのは知らなかった』』
「環境の影響を受けるんですね……」
『『みたいだね。僕の奇術も万能ではないみたいだ』』
「そんなことはないと思いますけど」
「テール君……。助かったよ……」
今にも死にそうな声が足元から聞こえてきた。
ずぶ濡れになった西形は誰が見ても分かる程疲弊している。
周囲は暗いので彼が今どういう顔をしているのかはよく分からなかったが、槍を杖にしなければならない程の怪我をしているようだ。
槍を杖にし、腕の力で体を持ち上げると水を大量に吸った服から水滴が落ちる。
何とか歩こうとするが、結局その場で転んでしまった。
脚に力が入らないのだろう。
テールは隼丸を灼灼岩金が置いてあった場所に置き、すぐに戻って西形に肩を貸した。
それと同時に騒ぎを聞きつけたであろう木幕とレミが明かりを持ってこちらに向かってきた。
だが木幕はこちらまでは来ず、西形が飛んできた方角をじっと見つめる。
警戒をしているのだろう。
レミはすぐに近づいてきて、テールの安否を確認した。
「テール君! 大丈夫!?」
「僕は大丈夫です。でも西形さんが……」
「え!? なんで西形さんが戻って来てるんですか!? 馬は!? ていうか何が……」
「せ、説明……するから、まずは治してくれないかな……」
「あ、そうですね。善さん! 善さ……」
警戒していた木幕を呼ぶが、彼は未だに難しい顔をして真っ暗な川を睨み続けていた。
レミからは後姿しか見えなかったが、その背中に声を掛けてはいけないような気がして口をつぐむ。
木幕は片手に風を纏う魂を呼び出し、辻間を出現させる。
次に真っ黒な魂を呼び出し、地面に堕として沈ませた。
どこかで西行が出現したのだろうが、目視できる範囲には現れなかったようだ。
「辻間」
「わーってるっつの。でも俺に奇術は使わせてくれないわけ?」
「多勢を相手取る時は、使わせてやろう」
「俺だけ完全に実力勝負じゃねぇかよ……。はいはいやりますよーだ」
じゃらじゃらっと腕に巻いていた鎖を解き、それを引きずりながら走っていく。
彼はすぐに暗闇に隠れて見えなくなった。
それを確認してからようやく木幕はこちらへと振り向き、西形の元までやってきた。
肩を掴み、一度魂に戻す。
黄色い光の塊がしばらく浮遊して、パッと西形が回復した姿で現れた。
肩を回して調子を確かめる。
「いやぁ、助かりました」
「して……何があった。先程の背の傷。刀傷であろう」
「はははは……いやはや、完全に僕の弱点を突かれまして……」
困ったようにして頭を掻く。
彼の魔法は仙人の仲間の中でも上位に入る程の強さを有している。
上から数えて三番目。
それが西形の魔法の強さの順位だ。
その彼が、魔法を使える状態であったのにも拘らず……。
「なぜ、逃げるようにして帰ってきた」
「手厳しい……。っていやいや! ていうか僕が死んだら四割の力が一時的に削れるんですよ!? そうなったら木幕さんの体にどれだけの負担がかかると思ってるんですか! 逃げて正解でしょう!?」
「背の傷は逃げた時の傷か?」
「違いますよ……。毒の煙幕の中、後ろからざっくりです」
「「毒の煙幕?」」
気になる単語を、テールとレミは同時に口にした。
だが藤雪から彼のことについてはすでに聞いている。
西行と辻間の話からも毒を使うということは聞いていたし別に驚くことではなかったのだが、煙幕という言葉に引っ掛かりを覚えた。
彼は毒を使って標的の暗殺を得意とする忍び。
武器に毒を塗り、毒針を用い、食事などに混ぜ込むなど様々な毒殺レパートリーを持っているようではあったが、煙は持っていなかったと記憶している。
二人の疑問に答えるべく、西形は苦笑いを浮かべた。
あれほどにまで自分の弱点を作り出せる魔法は、そうそうないだろう。
「乾芭道丹……。あいつの奇術は、毒煙だ」




