8.6.夜間の研ぎ
焚火によって明るくて照らされている場所は、見ているだけでも温かくなる。
風で炎が揺らめき、時折枝が爆ぜる音が聞こえた。
周囲は森なので薪になる枝はその辺によく落ちているので、燃料がなくなって火が消えるという心配はないだろう。
今は既に深夜を回っている。
明るい月が大地をほんのり照らしているが、今日は雲が多いので十分な明かりを届けることはできていなかった。
満月でないということからも、その光量を減らしている原因になっている。
誰もが寝静まる中、少し離れた水辺から砥石に刃物を当てる音が聞こえてきた。
自然界では発生しない音を聞いて小動物たちは逃げるように森の奥へと入っていく。
大きな獣も、未知の音に対して興味を持つことはない。
魔物も同様だ。
三つの砥石を沖田川に加工して貰ったテールは、早速使ってみて調子を確かめていた。
クオーラクラブの甲羅で作った荒砥石。
クオーラクラブの背中に生えているクオーラ鉱石で作った中砥石。
そして、クオーラウォーターの中にある粉を使って中砥石を仕上げ砥石にする。
これを砥粒というらしい。
砥粒はクオーラウォーターの中に沢山眠っていた。
石で青く美しい結晶を割り、それを取り出す。
大きな結晶一つに両手で掬う程の砥粒が入っていたので、在庫はたんまりと確保できていた。
使い方を明るい内に沖田川に教えてもらって、美しい砥石で美しい刃物を研ぐ。
今研いでいるのはスゥから貰ったクナイだ。
胸の内に蟠りがある間はそれを研げ、と沖田川に言われてしまったので素直にこれを研いでいる。
最後の四面目に差し掛かり、研ぎ終えると淡い青色の光を帯びているように思えた。
それを少ない月明かりで確認していると、いつの間にか手の中から消えてなくなってしまう。
どうやらこのクナイも少量の呪いを受けているらしい。
これは石動という人物が作った武器らしいのだが、その在庫は山ほどあるようでこれをすべて研がなければ彼の呪いが解けないようなのだ。
一体どれくらいあるのだろうか、と少し気を遠くさせながら次のクナイを砥石に当てた。
『見事なものだな』
「え? そうですか?」
『この暗い中でよく分かるものだ』
『『それは僕も思った。見えてないよねそれ』』
「まぁ……見えなくても手の感覚で……なんとなく」
『『なんとなく研いでんの!?』』
『恐れ入った! はっはっはっはっはっは!』
そんなに驚くことだろうか、とテールは苦笑いする。
何処に砥石があるかさえわかれば、意外と何とかなるものだ。
それに、満足そうに消えていくクナイがしっかり彼らを研ぐことができたと教えてくれていた。
淡く青い光がフッと消える様はなんだか寂しいが、灼灼岩金と隼丸の賑やかな声がそれをかき消してくれた。
砥石に向きなおり、クナイを当てる。
時々荒砥石が必要ないクナイがあるので、そういう時は中砥石から始める。
四面を丁寧に砥石に滑らせ、手の感覚のみで研ぐ。
目を瞑って研いでいるのだが、なんだかその奥にぼんやりと景色が見え始めた気がした。
なんだろう、と思って瞬きをすると、景色が一変した。
「……え?」
工房。
煤と炭で真っ黒になった炉がどっしりと鎮座している。
中に火は入っておらず、黒い口をずっと開けっ放しにしていた。
鍛冶道具が多く壁に掛けられており、必要な素材は棚に仕舞ってある。
作っている途中と思われる赤い剣が一本置いてあったが、それは次の瞬間真っ二つに折れた。
パキーンッ……。
鉄が割れる音が攻防に響き渡る。
すると後ろからトッという音がした。
振り返ってその方向を見てみれば、クナイが木の柱に突き刺さっている。
それは今自分が研いでいるクナイであると、何故かすぐに理解できた。
一体誰が投げたんだ?
そちらの方を向いて顔を確認しようとした時、視界が戻る。
振り向けば雑談をしている二振りの日本刀があるだけだった。
『『灼さんはなんでそんなになるまで研いでもらわなかったの?』』
『研ぐかどうかは我が決める事ではない』
『『じゃあ何で主さんは研がなかったの?』』
『主の傷ついた胸の内と、我の刃こぼれを同一視したのだ。それからは我の刃こぼれのような粗さを持ちつつ、荒さを身に付けて暴れに暴れまわったものよ!』
『『それはどうなの……』』
自慢するように語るが、決して褒められた話ではないことは黙っておいた。
もう一度砥石に向きなおり、手にしていたクナイを見つめる。
「……今のは……?」
これまでにない現象だった。
あれが一体何だったのか、まったく見当もつかないが……。
このクナイが使われた一つの場面だったということは分かった。
研いでいけばまた何か見せてくれるかもしれない。
肩の力を抜き、真剣な表情を作って研ぎに掛かる。
中砥石四面、仕上げ四面を研いでみたが、それ以上このクナイが何かを見せてくれるということはなく、テールの手の中で静かにその姿を消してしまった。
あれは、武器の記憶だろうか?
なぜ今そんなものが見えるようになったのだろう?
疑問は増えてもこれに答えてくれる人物はいない。
考えても仕方ないな、と諦めて次のクナイに手を伸ばす。
ズバシャジャシャババババッ!!!!
巨大な岩が水きりでもしたのかというくらいの水飛沫が目の前の川で起こった。
軽く三十メートル程水面を滑ったようだったが、最後にジョボンッ! という鈍い音を立てて沈んでしまったらしい。
「おわああああああああ!!?」
『な、何事!?』
『『ぎゃああああああああびっくりしたああああああああ!!』』
静まり返る真っ暗な空間での爆音は心臓に悪い。
テールはその場にひっくり返り、灼灼岩金は驚きながらも警戒を続け、隼丸は叫び散らかした。
次から次になんなのだ。
これが乾芭の攻撃かとも思ったが、彼が近づいてくれば灼灼岩金が気付くはずである。
それにこんな大きな音を立てて襲撃する暗殺者がいるはずがない。
なにかが沈んだ場所を注意深く見ていると、見たことのある何かが月明かりに照らされた。
それはゆっくりと川の中に沈んでいく。
そこでテールはそれが何かを思い出した。
「西形さんの槍!! えっちょっ!!」
「ぶぐぶぐぶぶぶ……」
「おわああああああ!! 隼丸!!」
『『えっ!? あ、ああ! 了解!!』』
テールは置いてあった隼丸をかっさらうようにして手に取り、魔法を使って西形正和をなんとか回収したのだった。




