8.3.馬調達
木幕からパシリをさせられることになった西形は、あの場所から物の数秒でミルセル王国の中へと入っていた。
場所さえしっかり把握できていれば一瞬で行けるのだが、如何せん激突してしまうと普通に死んでしまうので慎重に奇術を使うようにしている。
幸い使い慣れているので、何度か立ち止まって周囲の状況を確認し、安全な場所まで奇術を使って移動してを繰り返せばいいだけのことなので、特に問題はない。
石突をカツンッと地面に突いて周囲の状況を今一度確認する。
昔から変わらない……という場所は一つもなく、城壁、家屋、屋台、冒険者の防具や往来する人々の服まで様変わりしているように思えるた。
時代の流れとはすごい物だと感心しながら、目的の馬を探すためにそれらしいところへと足を向けた。
何百年も馬について学んでいたので、国のどこら辺に馬がいるのかはなんとなく分かるようになっている。
臭いがきつい、ということも多々あるようで、大体は大通りや住宅街から離れた場所にあるはずだ。
しばらく歩いていくと、予想通り馬小屋が点在していた。
この辺は預り所のようで、購入を目的としている西形には興味こそそそられるが必要のない場所だ。
すぐに立ち去ろうとしたところで、何か妙な視線を感じた。
「……ん?」
その方向に目線を向けるが、特に何かがいるわけではなかった。
馬がこちらを興味深そうに見ているだけで、変わった様子は微塵もない。
気のせいかと思って再び歩きだす。
もし何かあっても、この世界の人間であれば取るに足らない程度の雑魚だろうとしか思っていなかった。
その場を後にし、ようやく馬を購入できる場所に辿り着いた。
十二頭の馬が並んでおり、それに餌を与えている飼育係を発見した。
「どうも、こんにちは」
「ん? ああ、どうもどうも。お客さんですか?」
「馬を購入できる場所だというのなら、客になるけど」
「ではどうぞ見てやってください」
「それでは遠慮なく」
飼育係はそう言って、藁を運んで行った。
服装について指摘してこない人は珍しいな、と思いながら西形は馬を見比べていく。
どれも手入れをよくされているようだ。
個体差はもちろんあるが、どれを選んでも大して変わりがなさそうに思える。
だがそれは肉体だけを見ただけの話。
内面はどうだろうか、とさらに近づいて調べようとしたところで、飼育係が声をかけて来た。
「お客さんは、どういった理由で馬を?」
「ん? 馬車を引いてもらうためかな」
「ああ、それならよかった。貴方であれば安心して任せられそうですね」
「なんだい、最近の者は“引かせる”って言うのかな?」
「引いて“もらう”なんていう人、最近めっきりいないですよ。道具みたいに思ってる人が多くて」
「馬は賢いからね。意外と繊細だし」
「ええ、ええ。その通り」
どうやらこの飼育係は、西形と同じような考えを持っているようだった。
ただの家畜と言ってしまえばそれまでだが、動物にも感情があるのだ。
彼らに助けられている、ということを忘れてそれを当たり前に思っている者も少なくはないのだろう。
そうした者を、この飼育係は数多く見てきたのかもしれない。
それに、彼の馬への手入れは行き届いている。
毛並みもいいし、優しい目をしている個体が多い。
二頭ほど警戒している様ではあるが、恐らく仲間を見られていることが気に食わないのだろう。
だが敵対しているような嫌な視線ではなかった。
それだけで根はいいということを教えてくれている。
「この子が、いいね」
西形が選んだのは、比較的筋肉量が多い個体だった。
そして少し警戒していた馬だ。
馬車を引くには力の強い方が良い。
それに、体つきもこの中では一番よかった。
全体的にふっくらとしており、トモには丸みを帯びた流麗な筋肉が張っているし、頭もしっかり上げている。
良い傾向だ、と西形は最初から目星を付けていた。
「分かりました。代金ですが……」
「ああ、悪いけど今金を持っていなくてね。これでどうだい?」
「……? これは……? !? こ、これは!!」
「あ、分かった?」
西形が渡したのは、代金の代わりとして持ってきていたクオーラウォーターの小さな結晶だった。
手の平サイズの小さな物ではあるが、これだけ小さければ売却も容易だろう。
幸いにも飼育係はこの存在を知っていた様で、驚愕した様子で西形とクオーラウォーターを見比べた。
「いやいや! 受け取れません! こ、これでは価値が違い過ぎて……!」
「僕としては妥当だと思うけど」
「ですが……!」
「命あるものとただの石ころの価値はまったく別だよ。石の方が安いくらいだ。んでもって、まずは君がしっかり体を作らないと」
西形は再び飼育係の体と、周囲を見た。
彼は綺麗気にしているが、どうにも疲れている様子が目立つ。
厚着をして誤魔化しているが肉体はずいぶん痩せているようだった。
藁を運ぶ量が少なかったのも、それを把握する材料になった。
周辺を見ても、とても裕福な生活を送っているようには思えない。
恐らく経営が上手くいっていないのだろう。
馬に情熱をかけるのは構わないが、その体が使い物にならなくなっては意味がないのだ。
「じゃ、この馬は貰って行くよ」
「……ありがとうございます。鞍はこちらに。手綱も今出しましょう」
「ああ、悪いね」
もろもろの馬具を取り付けてもらい、乗れるような状態になった。
そのあと西形は馬に跨り、槍を片手に、手綱を片手に持つ。
非常に懐かしい感覚だ。
昔はこうして祖父に教えられたことを何となしに思い出す。
「おお、似合いますね。もしかしてその服は馬に乗る時に着るものなのですか?」
「あはははは、違う違う。私服だよ。じゃ、また何処かで」
「はい」
西形が馬を蹴ると、すぐに従ってくれた。
やはり賢い子だと感心しながら、西形は木幕たちの下へと戻ったのだった。
彼が立ち去るのを見ていたのは、一人だけではない。
黒い忍び装束の男がゆらりと出てきて、恍惚とした表情で獲物を見つけたと言わんばかりに不気味に笑う。
侍。
騎馬術に優れた人物だと看破した男は、あれが藤雪万の仲間であると考えた。
あとを追えば、その首を狙えるだろう。
「……藤雪万。過去に卑劣な手で俺を殺したこと……。後悔させてやる」




