8.1.苦悶を好む
スイマセン投稿し忘れてました
ぐっち……ヂョア……ニヂ、じゅちゃっ……。
聞いただけでも嫌悪しそうな不快な水っぽい音が聞こえてくる。
粘液質の体を有する魔物が移動する音によく似ているが、今回はそうではない。
まだまだ新鮮な、血抜きすらしていない魔物を乱暴に解体し、腹を掻っ捌いで内臓を一つ一つ地面に放り投げている。
手で内部をまさぐると生暖かい感触が手に伝わってくるが、それすらも心地よいように思えた。
ピクリ、ビクリ。
まだ生きている魔物の顔を見ながら、恍惚そうな笑みを浮かべて更に内臓をかき回す。
生命力が強い生物とは、なかなか面白いものだ。
人間であればそうもいかないが、あの悲鳴と絶叫は何にも代えられない程の美徳を彼に見せてくれる。
歪む表情、掠れる悲鳴、痙攣する肉体。
痛いのか、苦しいのか、はたまた何も感じないのか。
その判別はどうでもいいのだが、ふとした拍子に考えこんでしまう。
──今君は、どういう感情を持っている?
骸になった死体にそう問いかけることは何度もあったが、終ぞ声が返ってくる事は一度としてなかった。
それもそのはず。
彼がそうやって問いかける時、拷問に等しい殺され方をした存在の内臓はすべて外にまき散らされているのだから。
「……おお、毒袋……毒袋……」
ついに息絶えてしまった魔物の喉元から、紫と黄色が混じったような臓器を取り出す。
匂いからして毒を多く含んでいるようだ。
手にもピリリとした感触が伝わってくるが、既に死んでいるので死にはしない。
昔はもっと警戒し、集中しなければならなかったが今はどれだけ強力な毒を扱おうと、喰らおうと無を保ったままでいられる。
これ程ありがたいことがあるだろうか。
毒袋を手にした男は、額当てを少し持ち上げる。
狂気の笑みを浮かべている彼は三十代前半といった少し細い顔立ちをしており、背が低い。
目は暗い紫色で、左の頬には酷いやけどの跡があった。
漆黒の忍び装束を纏い、背中には正方形の鍔をしている忍び刀が背負われている。
手にした苦無についた血と油を適当な布で拭い、定位置に戻した。
手にしている毒袋は竹筒の中にぽとんと落とし、しっかりと蓋をして麻紐で硬く結びつける。
一仕事終えたと言わんばかりに欠伸をしたあと、近くに少し大きめの水溜りがあることに気が付いた。
その場に腰を下ろし、手を洗うと同時に水分補給も行う。
「……たらん。苦悶が、足らん」
はやり仕留めるべきは、人間。
あの凄まじい絶叫を今一度聞いてみたい。
そして問うてみたい。
未だに聞いたことのない答えを、今一度……。
「スンッ。スンスン……。ほぉ」
男は普通の人よりも鼻と耳が利いた。
動物の臭い、馬に蹄の音、人間が会話する声……。
男はおもむろにそちらへと足を向ける。
木の葉が多く散っており、草花も多く雑草も見渡す限り生えている場所だというのに、音を一切立てることなく近づいていく。
殺された音は男の気配はもちろん、存在すらもかき消した。
近づいていくと、野営をしている一団を発見した。
兵士が固くその場を守っており、総勢五十名ほどが警備にあたっているようだ。
その中央には……馬車が三台。
うち一つは非常に豪華な作りをしているようだった。
さて、どう料理しようかと男は考える。
奇術を使ってしまえば一瞬だがそれでは面白くない。
どうすればあの豪華な馬車の中に入り込めるかどうかをこの場で考える。
「……待て、これは任ではない……」
自分は何を思って一人の人間を殺めようとしているのだろうか。
無駄な殺生は避けるべきだ。
なにせ、己の存在が露見してしまう可能性が増えてしまうのだから。
しかしそれでは、今胸の内で燻っている人間の苦悶を見ることが敵わない。
さて困ったと頬を掻いていると、新たな匂いが漂ってきた。
……懐かしい匂いだ。
この匂いは誰だったか。
「…………藤雪万……!」
過去に自分を殺した人間。
すべての忍具が打ち払われ、奇術を以てしても倒せなかった男。
その男の匂いが、鼻腔を突いた。
今であれば、必ず仕留めることができるだろう。
狂気的な笑みは口角を上げ、三日月を作り上げた。
そう、やはり人殺しとは辻斬りのように自由でなくては。
任に縛られているだけでは、やはり面白くないというもの……。
背を曲げ、姿勢を低くし、猫の様に走り去る。
地面を力強く蹴ったのにも拘らず、その場には無音だけが残された。




