7.39.柳について
それからしばらくの間、木幕と一緒にベンチに座ってメルたちが帰ってくるのを待っていた。
しかし待っているだけというのは暇だ。
寡黙な木幕は必要以上の会話はあまりしないので、日本刀たちの声に耳を傾けることにした。
新しくやってきた一刻道仙の話に、灼灼岩金、隼丸が興味深そうに聞き入っている。
会話の内容は昔いた世界の話なのでテールはなかなか理解できないが、それでも暇なので会話を聞くことにした。
『儂が、打たれたのは、出雲(今の島根県)』
『やはり出雲か。我が活躍したのは越後(今の新潟の佐賀を除く全域)ではあるが、打たれたのは岩代(今の福島)だ。なにせ主の生まれは岩代であったためな』
『左様か。主は誰ぞ?』
『里川器だ』
『ほぉ、あの御仁か。相当、無茶な戦い方を、するように、見える』
『付き合えるのは我ぐらいであろうな』
自慢するように灼灼岩金はそう言った。
そこで隼丸が口を挟む。
『『僕の主はもっと凄いぞ! 不動の乱馬瞬前だ!』』
『乱馬……』
『和泉(今の大阪府南西部)にある津間津家の門下生だそうだ。教会とやらでアホほど自慢された』
『二振りとは……。名からするに、さぞや素早い御仁であったろう』
『我が見たのは、操られ己の力を十分に発揮できなかった男ではあったがな』
『『うるせぇ!』』
『あん?』
「け、喧嘩しないでくださいね……?」
放置しておくと本格的に喧嘩が始まりそうだったので、思わず止めに入ってしまった。
隼丸は鼻を鳴らしてそっぽを向く。
向く首は無いのだが……。
『そういや……こやつ、喋らぬなぁ』
『うむ。一度は刃を交えた日本刀だが、儂にも声が聞こえぬ。はて、名を……何と言ったか……』
「あ、二振りにも聞こえないんですか?」
『ああ。柳の日本刀の声は聞こえたのだがな……』
この辺の違いは何なのだろうか?
ただ言葉を発していないというだけなのかもしれないが。
すると、木幕が突然ゆっくりと立ち上がった。
どうしたのだろうと思って自分も立ち上がり、周囲を見渡してみると柳の姿が目に入る。
その横にスゥがいて、少し後ろにメルとレミが並行して歩いてきていた。
だが、なんだかメルの様子が変だ。
なにかを警戒しているように思える。
「……?」
「柳様。無茶をなされましたな」
「フフフフ、やはり見破られるか。しかしメルの活躍は凄まじかったぞ。バネップを倒してしまったのだからな」
「……と、いうと」
「こちらにも、出たのだよ。呪われた者が」
服を捲って折られた右腕を晒しだす。
肘と手首の間が枝を折ったかのように曲がっており、骨が飛び出していた。
痛々しいが痛覚はないようで、平然としている。
木幕はすぐにその腕に手を当てて、柳の怪我を修復した。
腕の調子を確認した柳は、短く礼を言って話を進める。
「砥石はすべて回収した。あとは沖田川に加工して貰えば完成だ。が、そちらはそちらで問題があったようだな」
「ライア・レッセントが現れましてな。一刻道仙は回収しましたが、沖田川は負けてしまいました」
「ほう……。死して腕を上げたか」
「西形が斬りましたがな」
「ああ、あいつであれば余裕だろう」
二人の会話を聞いている間も、メルの警戒は解かれない。
どうしたのだろうかと思い、近づいて聞いてみることにした。
「メル、どうしたの?」
「えっと……うーん……」
表情は未だ晴れず、一抹の不安を抱えているようだった。
いつものメルであればすぐに教えてくれるはずなのだが、渋るということは聞かれたくない相手が近くにいるということなのだろうか。
『むぅ?』
そこで一刻道仙が訝しむような声で喉を鳴らした。
振り返って木幕が持つ一刻道仙を見てた瞬間、とんでもないことを口にする。
『……魔王か?』
「え?」
バッと柳を見てみるが、相変わらず木幕と先ほどあったことを伝えているだけだ。
ずいぶんとメルを褒めているようではあるが、彼女にその言葉は今届いていない。
だが一刻道仙が呟いた言葉を聞いて、テールはメルがどうして警戒しているのか分かった気がした。
そうだ、今思えば一刻道仙はライア・レッセントが所有していた。
魔王軍と戦った彼であれば、それを戦場に持ち込んでいる可能性が高い。
六百年前の戦いを、一刻道仙はライア・レッセントと共に生き延びているはずなのだ。
だから柳が魔王という言葉には、信憑性があった。
そして……木幕の中に彼がいるということは……。
木幕が、柳を倒したということ。
「柳さんって……」
「それでな……うむ?」
「魔王だったんですか?」
「ん? ああ、そうだったな。そんな時もあった」
「「えっ」」
さもありなんと言った様子で軽く肯定した柳に、二人は目を瞠って驚いた。
どうやら隠したい事ではないらしい。
懐かしむように顎をさすって、過去の仲間を思い出しているようだ。
しかしこちらとしては、その言葉は聞き捨てならない。
過去に人間世界を崩壊させようとした張本人がここにいるとなれば、警戒してしまうのも無理のない事だった。
「わぁ、すごい。どうしてわかったの?」
「い、一刻道仙が……教えてくれました」
『……教えてはおらぬが……』
「メルちゃんは? さっきから気になってたけどその警戒心は柳さんが魔王だったって知ってたからでしょ?」
「……バネップさんと戦って勝った時、自我を少しだけ取り戻して会話をしたんです。その時に……」
なるほどねぇ、とレミは感心した様子で笑った。
しかしこれはしっかりと説明しておかないと、今後恐れられる対象になりかねない。
隠すつもりはなかったし、言うつもりもなかったのだがこうなってしまったのであれば伝えておかなければならないだろう。
レミは木幕に目線を合わせ、許可を取る。
コクリと頷いたので、すぐに二人に向きなおって柳の事を教えてくれた。
「えっとね、柳さんは確かに元魔王。六百年前の戦争の発端となった張本人よ。邪神に連れてこられて、魔族領で仲間を募って、宣戦布告したわ」
「目的は共存。終ぞ果たすことはできなかったが」
レミの説明のあと、柳が付け加える。
彼が戦争を起こした理由は、魔物や魔族に対しての人間の一方的な嫌悪から始まった。
見た目が少し違うだけなのに、迫害し敵とみなす。
外見が違うだけで。
中身は、感情は、人間と同じように持っているのに、なぜこうも迫害し排除しようとするのか。
その疑問が当時の柳を常に支配しており、どうにかならないか考え続けた結果の、行動だった。
「目的がどうあれ、拙者が戦を起こしたことには変わりない。警戒されても致し方ないことだ。しかし、もう果たすことはできぬ。やる気もすでに削がれておるし、今更何かを起こそうとは思わぬ。故に、案ずる必要はない」
「そうだったんですね……」
「……魔王軍の目的って……そういえば……知らなかった……かも」
今現在、本や口伝で語り継がれている物語は多く存在するが、その中には一つも魔王軍の目的を題材にしたものはない。
こうして話を聞くことができたのは貴重かもしれなかった。
それに柳自身、もう戦争を起こす気はないという。
死者となり、魂だけの存在になっているし、木幕の中にいるのだ。
やろうとしても、止められるのがオチだろう。
それに気付いて、二人はようやく安心して肩の力を抜いた。
「拙者は」
柳が人差し指を立てた。
そのあとテールの額を指さし、にこりと笑う。
「過去に魔族を付き従えさせた剣術を持っている。それを、覚えてみたくはないか? テール」
「……!」
その瞬間、テールの背にぞわりとした感触が走った。
魔王になれるだけの技術を、柳は持っていたのだ。
魔物を、魔族を……そして四天王すらも従えさせる剣術。
聞いただけでも、それがどれだけ凄いものなのか嫌でも理解できた。
答えは一択。
テールは力強く頷いた。
「覚えたいです!」
「よし、では移動中にでも教えることにしよう! さぁ木幕や、参ろうぞ!」
「……まったく、調子づかせるのは、得意でありますな……」




