1.12.依頼主の下へ
「……はぁー……。つ、疲れた……」
「腕上がる?」
「き、きついです……」
あれから二時間。
とにかく両刃剣を鏡面仕上げにするため腕を動かし続けた。
刃の四面と剣先四面をすべて研ぎ終え、美しい輝きを放つ美術剣がそこには置かれている。
カルロはそれを手に取ってまじまじと見つめ、小さく頷く。
「初めてにしては上出来上出来」
「え……これ以上綺麗になるんですか……?」
「うん。でもまぁそんな違いはお客さんには分からないから、これでも十分だよ」
そう言われるとなんだか完璧だと言わしめるくらい綺麗なものを仕上げたくなる衝動に駆られてしまう。
とはいえ今日は腕がもう限界だ。
重い剣をずっと動かし続けていたのだからそうなってしまうのは必然である。
フォークを持つのも難しいかもしれない。
すると、カルロはその仕上がった剣を綺麗な布で包みはじめた。
そして木で作られた箱の中に入れて持ち上げる。
「よし、じゃあ行こうか」
「どこにですか?」
「依頼主の所」
この剣をカルロに託した主人の下へと持っていくのだ。
仕事が終わればすぐに持っていくのが彼の流儀。
綺麗になった瞬間の物を主人に渡すのが一番良いのだ。
話を聞いたテールはすぐに手を洗って汚れを落とし、水気を取ってカルロについていく。
依頼主と会うというのは仕事をするに当たって必要なこと。
今後自分一人でもできる様にならなければならないと思い、今一度気合を入れ直した。
「えっと、場所は?」
「……鍛冶場」
「鍛冶師さんが依頼をしてくれたんですか?」
「そういうことになるね。ま、何とかなるさ」
カルロは一度大きくため息を吐いた後、頭を掻いた。
そして胸をどんどんと叩いて気合を入れ、店を出る。
テールが出たことを確認した後に看板を裏返してオープンからクローズの文字に変えた。
そのあとカルロは鍛冶場へと歩いていった。
テールもその後に続いていく。
道中は昨日見た街並みではあったが、ここに来て日が浅いテールからすればいつ見ても楽しめる場所だった。
ド田舎から王都に出てくる事になるとは思わなかったので、やはり今も少し気分が高揚している。
更に言えば自分が研いだ剣を依頼主に届けるのだ。
なんだか楽しみで仕方がない。
様々なレンガ造りの建物が建ち並び、周囲からはなんだかいい匂いがしている。
ふと空を見やれば日がやや傾き始めていた。
そんなに没頭していたのかと少し驚いてしまう。
カーンカンカン、カーンカンカン。
鉄を打つ音が次第に近づいてくる。
依頼主の鍛冶場が近いのだろう。
それから少し歩くと、大きな工房が鎮座している場所に辿りついた。
煙突からは煙が大量に出ており、中からはボウボウという音と共に鉄を打つ音が常に聞こえてくる。
若干の熱気が体を襲うが、耐えられないという程ではない。
まだ外にいるからだろうか。
入口らしき場所にカルロが入っていく。
それに続いて工房の中に踏み入れた瞬間、怒号が聞こえてきた。
「こら貴様ぁなにしてんだ!!」
「す、すいません!!」
「打つところ間違えんじゃねぇよ!! 力加減もわりぃしやる気あんのかてめぇ!!」
「あ、ああ、あります!」
「ねぇだろうがいつも同じ返事しやがって!」
その声に飛び跳ねる様にして驚いてしまう。
すぐにカルロの側によって服を掴み、顔を覗かせてその様子をちらりと伺った。
若い職人がどうやら鉄を打つ場所と加減を間違えて怒られているらしい。
怒鳴っている中年の男性は再び炉に鉄を突っ込んで熱し直す。
その間も怒鳴り続けて若い職人を叱っていた。
そこで、カルロが大きな声を出す。
「磨き屋のカルロです!! 剣をお届けに参りました!!」
「ああ!?」
ギロリと向けられた視線に委縮する。
他の鍛冶師もこちらを見て睨みを利かせていた。
なんだなんだと困惑していると、先ほど若い職人を叱っていた中年の男性が、分かりやすく大きなため息をついて立ち上がってこちらに歩いて来る。
座っていた為その体躯は分からなかったのだが、近くにまで来たこの男はかなり大きい。
どうしたらそんなに腕が太くなるんだというくらいの剛腕であり、顎にある髭が彼の存在を大きく強調させている。
肌は熱で焼けて黒くなり、屈強な人物であることを思わせた。
「誰かと思えば磨き屋のカルロかよ」
「どうもどうも……。これがご依頼されていた両刃剣です」
「依頼? 違うね、嫌々ながら依頼したんだよ。ったく……」
彼はバッと木箱に入った剣を受け取り、中を開けた。
布を取っ払って炎の揺らめきすらも捉える美しい剣を眼下に捉える。
じろじろと品定めしている姿は、テールにとっては緊張の一瞬であった。
自分が研いだ剣を見られているのだ。
否定されることがないくらい頑張ったつもりではあるが、依頼主のお目に敵わなければ意味はない。
しばらくすると、彼は布を剣に巻いて木箱に戻した。
フン、と一度鼻で笑う。
「これだけは一丁前だな」
「はは……」
「で、そこのチビはなんだ?」
「ああ、この子はテールといいます。僕の初めての弟子でして」
「て、テールです!」
「ほぅ」
しゃがんでテールの目線に合わせた男だったが、巨大な体躯ということもあってやはり見上げる形になってしまった。
少し怖く感じたが勇気を振り絞って前に出る。
「……俺たちの仕事を馬鹿にする奴が一人増えたってことか」
「え?」
彼のその言葉には、首を傾げるしかなかった。