7.38.研ぎの予定
テール一行はレアルの屋敷を出た。
その際にレアルは最後まで見送りをしてくれた。
さっさとその場を後にしてしまう木幕だったが、テールは少し立ち止まって彼の顔を見る。
その表情は満足はしているようだが、どことなく寂しさを思わせるものだ。
本当にあれでいいのだろうか。
だが初代当主であるライア・レッセントが残した言葉を無下にはできなかったのだろう。
『小僧?』
「……レアルさん。ありがとうございました」
「こちらこそ。ああ、そうだ」
すると、腰に浸けていた魔法袋に手を突っ込み、何かごそごそとし始めた。
目的の物はすぐに見つかったようで、それを取り出してテールに渡してくれる。
それは小さな水晶で、中には青い靄のようなものが漂っていた。
これはなんだろうか、と首を傾げていると、レアルがすぐに教えてくれる。
「小型の連絡水晶です。レッセント家は魔道具の研究を今行っておりましてね。こうしたものをいくつも作っているんです。魔力さえ流せば、私が持っている連絡水晶が起動しますので、なにかありましたら私にご連絡ください」
「えっと……」
『貰っておけ小僧。そやつは、小僧の助けになりたいと言っているのだ。無下にするなよ』
「……分かりました。ありがとうございます」
灼灼岩金に背を押され、その水晶を握り込んでポケットにしまう。
彼の力が必要になる時が、もしかしたらあるかもしれない。
その時にこれを使うことにしよう。
頭を下げて礼を言うと、レアルも小さく頭を下げてくれた。
本当に貴族らしくない人だな、と思いながらテールは踵を返して木幕を追う。
姿が見えなくなるまで見届けたレアルは、小さく息を吐いて自分の持っている刀に手を置いた。
「……さて、あの依頼書。回収しなければな……」
仕事は山積みだ。
一刻道仙が紛失してからほとんどの仕事を放置してしまっている。
その遅れを取り戻すのには時間がかかりそうだったが、一刻道仙の行く末を見届けることができたのでよしとしよう。
「よし。皆の者! 今すぐあの依頼書を回収せよ!」
その声を聴いた使用人や執事は驚いてもう一度内容を確認するが、返ってきたのは同じ言葉だった。
それに困惑しつつも指示を他の者にも伝えるため、彼らは走り回った
回収にも時間はかかるし、魔道具の依頼やら仕入れやらについても頭を悩ませなければならない。
これは当分徹夜が続きそうだと思いながら、いつもの日常を取り戻すために自室へと戻ったのだった。
◆
来た道を戻ると、先ほどのした兵士たちがロメイタス家の兵士によって運ばれたり、意識を確認していたりと忙しなく動いていた。
これをやった張本人は何事もなかったかのようにその場を通り過ぎ、華やかな貴族街から脱出した。
『……懐かしき……外の空……』
「……あ、そうか。ずっと宝物庫にいたんですもんね」
『……左様。今の世の空は、幾分か、晴れ渡っておるが、どこか、くすんでいる』
「はぁ」
『くくく……。お主には、ちと早いやもしれぬな』
一刻道仙の話し方はとても緩やかだ。
老人らしいといえばそうなのだが、話を聞き続けていると眠くなりそうだった。
結局彼の言わんとしていることを理解することはできなかったが、それもまた老人らしい。
だが一つ気になることがあった。
テールはそのことを一刻道仙に聞いてみる。
「どうして急に貴方の声が聞こえるようになったんでしょうか?」
『それは、刀身を、見たからであろう。儂らは、刃にこそ魂を宿す。お主が、何故言霊を、聞き届ける力を、有しておるかは……分からぬが、その力、人知及ばぬ力なり。扱いには、十分、注意せよ』
「た、確かに……」
この事を口にして痛い想いを一度しているテールは、彼の忠告が嫌という程深く突き刺さった。
やはりこの力は、簡単に口にしてはいけないものだ。
今一度そのことをしっかりと胸に刻み、小さく頷く。
一刻道仙が教えてくれた言葉を聞けるようになる条件は、刃を見る事。
なので木幕の日本刀、そして柳の日本刀からは声が聞こえなかったのか、と理解できた。
そこでふと、思い出したことがある。
テールは一度獣ノ尾太刀の刃を見ているはずなのだが、彼からは声が聞こえなかった。
あれは単に話そうとしていないだけなのだろうか?
『なにやら、次第に賑やかになっていくな』
「灼さんから始まりましたもんね」
『『で、次は乾芭道丹の武器でしょ? あいつはどんな奇術持ってんだろうねー』』
「……ていうか賑やかなのって僕の周りだけでは?」
『我らの声を聞けるのは小僧だけだからな。その通りだぞ』
「これもしかして、僕変な人に見られてません?」
「その通りだ」
突然、隣を歩いていた木幕にそう言われてしまった。
彼も日本刀の声は聞こえない。
なのでテールが一人自問しているだけにしか見えないのだ。
やはりそうか、と頭を掻いて申し訳なさそうにするテールに、木幕は今一度声を掛けた。
「テールよ」
「はい?」
「お主は、どの日本刀から研ぐつもりだ?」
「え? ……ああ……」
腰回りを見てみれば、三つの日本刀が携えられている。
そして木幕の手には、一刻道仙があった。
まだ沖田川から正確な研ぎを教えてもらっているわけではないし、柳から稽古を付けてもらっているわけでもないし、カルロをまだ助けていないので本格的に研ぐのはもう少し先になる。
焦って決める必要はないかもしれないが、その時に悩むのはなんだか違う気がした。
……一体、どれから研いであげるのがいいのだろうか。
木幕が出会った侍の刀か、それとも藤雪が出会った侍の刀か。
ちらりと灼灼岩金を見ると、すぐに声を上げた。
『我は後にせよ。小僧を守れぬ』
『『回避の術は必要でしょ。だから今のところは僕も研いでほしくはないかな。僕が居なくて死んでもらったら困るし』』
「う、うーん……」
沖田川と柳の日本刀も、まだ研ぐことはできない。
彼らには教えてもらわなければならないことがたくさんあるのだ。
唯一何もないのは獣ノ尾太刀だが、あれは今スゥが使っているので研ぎにくい。
「……い、今のところは……予定なしです……」
「そうか」
申し訳なさそうに言ったが、木幕はそれ以外何も言わなかった。
すると彼はその場で立ち止まり、近くにあったベンチに腰掛ける。
「……待つとしよう」
「あ、そういえば待ち合わせ場所……。決めましたっけ?」
「スゥが某らを見つける。あとは待てばよい」
「なるほど。分かりました」
本当に便利な能力を持っているな、と思いながらテールもベンチに座って人々の往来を眺めながら、メルたちが帰ってくるのを待ったのだった。




