7.35.覚悟は力
勝利条件は、バネップ・ロメイタスの首を刎ねること。
敗北条件は、攻撃を一度でもくらってしまうこと。
だが相手の勝利条件と敗北条件はこの真逆だ。
明らかにメルが不利であるが、やらなければならない状況なのでそんな思考はその辺に捨て置いた。
柳が帰ってこない以上、バネップは自分を狙い続けるだろう。
であればこれが正々堂々真剣勝負だ。
初めてメルは、自分の死の影を感じながら強敵へと立ち向かった。
中段に構えた剣をそのままに、相手の出方を待つ。
攻撃させてしまうこと自体がリスキーではあるが、むやみやたらに攻めたところでどうにかなる状況ではない。
だが相手は一度攻撃を当てればいいというだけのチート的な勝利条件を持っている。
なので待つ、という選択肢はバネップになかった。
大きく足を踏み鳴らして近づいてくるそれは、先ほどの何倍にも大きく感じた。
バネップもメルの顔つきが変わったことを感じ取り、警戒しているのだろう。
初めて剣を交えた時の余裕は、彼にはない。
メルを注意すべき存在だとして認識し、自分の全力を持って排除を試みる。
ガリッと噛みしめた柄が小さく欠け、剣を持ち上げた。
先ほどより一際大きい音を立てて、踏み込む。
すると踏み込んだ足元の岩が砕け、飛び散った。
次に飛んでくるのはその凶悪すぎる斬撃。
メルはバネップから一切目を離すことなく、その攻撃がまじかに迫ってくるのを待った。
ズガンッ!!!!
地面が割れ、岩の破片が飛び散りって半歩でその攻撃を回避したメルに襲い掛かる。
爆ぜた地面は容赦なくその欠片を彼女ぶつけたが、一切ひるむことなく、なんなら爆風をものともせずにその場に立っていた。
とはいえ、しっかりと足を踏ん張ってその風に耐えている。
だが目はしっかりとバネップを睨み、岩の欠片で体が多少傷つこうとも動じていなかった。
「!!」
先ほどまで簡単に吹き飛んでいたはずの少女が、今はなぜか攻撃を恐れもせずに立っている。
あの一瞬で何が変わったのか。
それをバネップが理解できるはずもなく、半歩下がったと同時に下段に据え置かれた刃が、ギラリとこちらに意識を向けた。
「はぁあっ!!」
掬い上げながら半月を描くようにして振るわれたその刃は、的確にバネップの喉元を狙っていた。
回避することはもはや不可能。
今のメルの覇気を見るに、この一撃は首を刎ねるだけの力を十分に有している。
だが、バネップは諦めない。
こちらも死んでも勝つという信念を胸の内に秘めている。
そう簡単に諦めてなるものか!!
ギャンッ!!
咥えていた柄を思いっきり引き、柄で下段から飛んできた刃を受け止める。
顔を少し切られてしまったが、その程度でこの体は敗北しない。
決死の一撃を止められてさぞ悔しいだろう。
嘲笑うかのように唸ってメルの顔を見たバネップは、驚愕した。
大して驚かず、そもそもこうなることを見据えていたような、冷静で冷たい視線。
鋭い眼は既に冷たく熱を感じないバネップの肝を、凍り付かせた。
次手がある。
そう直感するのは早かったが、動くのは遅すぎた。
手首を利かして両刃剣・ナテイラを切り返したメルは、振り上げたあとバネップの後ろ脹脛、よぼろに近い場所を渾身の一撃で叩いた。
その反対側の脚は先ほど柳を蹴り飛ばすために骨を折った為、力が入りにくくそちらだけで体を支えるのは不可能だ。
がくりと膝を落としてしまうが、咥えていた柄を支えにし、首と顎の力を使って完全に膝を突くのは真逃れる。
すぐさま足を上げて地面を踏みしめようとした時、今の自分の状況を悟った。
今自分の体は、顎と首の力のみで支えられている。
よって……顔は上を向いており、喉仏を晒していた。
槙田が言っていた。
剣だけに頼るなよ、と。
その言葉を聞いてメルは自分の拳でも戦えと言っているのだと思っていた。
だが、それは違った。
槙田が『剣だけに頼るなよ』と言った言葉の裏には、剣の殺傷能力のみに頼るな、という言葉も含まれている。
それと同時に、剣を振るう体の使い方にも問題がある、とメルは気付いた。
一つ分かれば芋づる式に理解できる。
彼が言った言葉は、そのまま受け止めていいものではなかったのだ。
だからメルは、勝つためにバネップの体勢を崩させた。
そうしなければ勝てないと思っていたからこそ、初撃の攻撃を防がれても一切驚くことはなかったのだ。
「はああ!!!!」
「ぉぉぉぉおおおお!!!!」
バネップは咄嗟に口を開き、柄から離れる。
ビョウッという暴力的な空を切る音が頭を掠め、危機的状況を脱したことを伝えてくれた。
不格好にどしゃりと地面に倒れ込んでしまったが、すぐに転がって足を開き、立ち上がる。
蹴りだけでも十分に人を殺せる力をバネップは持っているのだ。
わざわざ剣を使うまでもない。
脚で地面を穿ち、大地を揺らし、その瞬間に蹴り殺す。
バガンッ!!
脚は深く地面にめり込み、岩を砕く。
目論見通り大地はその衝撃で揺らぎ、立っていることも困難になる程の地震を発生させた。
小娘は立っていられないだろう。
顔を上げてその姿を見ようとしたバネップだったが、目の前に誰も居ないことにようやく気付いた。
次の瞬間訪れる、首への違和感。
項から背骨、腰骨に掛けて冷たい金属が突き刺さっているのがありありと伝わってきた。
子供一人の体重が増えて体を支えきれなくなり、膝を突く。
折れている脚が言うことを聞かず、動かそうとしても小さく痙攣するだけだった。
まだ生きているはずの脚も、何故だか動かない。
なにがどうなっている、と混乱する頭の中で唯一脳内を埋め尽くしたのは……。
──敗北という文字だった。
ズルッ……ズバチンッ!!
背中から両刃剣・ナテイラを抜き、切り返して上段から真っすぐ刃を振り下ろした。
刃がバネップ・ロメイタスの首を通り抜けると、両刃剣・ナテイラがキーンッと甲高く鳴った。
ゴトンッ。
頭が首から離れ、ようやく地面に……転がった。




