7.31.屍、バネップ・ロメイタス
スゥからの警告を聞き、再び武器を腰から抜き放つ。
警戒を強め、声が聞こえた方角へ意識を向けた。
死んだはずの人間が今蘇っているということは、十中八九邪神であるナリデリアの呪いだろう。
木幕一行が過去にかかわった人物。
それが仲間を殺さんと、こちらに差し向けられたのだ。
バネップ・ロメイタスは過去の英雄の一人である。
魔王軍との戦いの時、人間軍の指揮を執った優秀な指揮官であり、咆哮のバネップという異名がつくくらいの実力を有していた人物だ。
公爵家の人間で、更にその老体からは衰えを感じさせない技量に、誰もが憧れたという。
メルでも知っているほどの有名な男。
それが今こちらに向かってきているということに、メルは若干の恐れを抱いていた。
先ほど聞こえてきた低い声が、それを助長させているのかもしれない。
「バネップか……。ふむ、懐かしい名だ」
「柳さんあの人と面識ありましたっけ?」
「ない。されど名は知っている。フフフフ、木幕がいたからこその名誉だというに……」
「まぁまぁ……。幸いにして善さんはそういうの興味なさそうですし」
「そうよなぁ。詰まらぬ男よ」
明らかな危機が迫ってきているというのに、この二人はどうしてここまで余裕でいられるのだろうか。
この洞窟の入り口は一つしかなく、声はそちらから聞こえて来た。
どれだけ広くても過去の英雄の一人であるバネップとすれ違って脱出することは不可能だろう。
必ず、戦わなければならないはずだ。
また、低い声が聞こえてくる。
先ほどよりも大きくなっているので、恐らくこちらにどんどん近づいてきているのだろう。
そこでメルは乱馬と出会った時のことを思い出す。
彼は想像よりも早い段階で接触してきた。
それに『道理で匂いが濃いわけだ。来る方向間違えたぜ』と言っていたはずだ。
このことから、恐らくではあるが邪神に復活させられた人物と侍たちは、自分たちがいる場所が分かるのだろう。
また声が聞こえ、その声量は大きくなっている。
次第に近づいてきていることはもう明白だ。
「で、どうしますか柳さん」
「ふぅむ……。スゥに任せるか」
「っ?」
「獣ノ尾太刀もたまには暴れたいだろう。どうだ、スゥ。やってみるか?」
「……っー」
「そうか」
スゥは少し考えた後、首を横に振った。
どうやらバネップとはあまり戦いたくないらしい。
そこで柳は、メルに目を向けた。
マズいと悟った時にはすでに遅く、肩をがっしりと掴まれる。
「共闘だ。やるぞ、メル」
「……え? ……私と、柳さんが、ですか?」
「左様。拙者は今、奇術が使えぬ。相手は……呪いを受けたバネップだ。正々堂々などと考えぬ方が良い。さて、参るぞ」
「えっ、あ、はい!」
「共闘で得るものもあるだろう」
そういい、柳は日本刀を差し直して声のする方へと向かった。
メルもそれについて行き、残り二人はクオーラウォーターを取りに向かうことにした様だ。
反対側へと歩いていってしまう。
。
近づくにつれて緊張の糸が張り詰めるようだったが、柳の堂々とした歩き方を見ていると何故だか安心できた。
勝つ自信しかない。
そんな歩き方だったからだ。
戦う前から、勝つつもりでいる柳。
その自信が今の彼の人格を構成しているようにも思えた。
次第に声が大きくなってくる。
向こうもこちらに歩いてきており、こちらもバネップの方へを向かっているので接触は予想より早かった。
こちらを見据えた双眸が、ギョロリと標的を見つけた様に定まる。
腰まである髪は長く、とても汚らしい。
ぼさぼさの髪から覗く瞳は生気がなく、真っ白だ。
焦点が定まっているかも怪しいが、確かにこちらを見ているということは分かった。
背を曲げ、膝を曲げ、片手に持っている普通より大きな両刃の長剣を重そうに引きずっている姿だけ見ると、本当にあの武器を振るえるのか怪しい。
腐敗した肉体はいくつかの箇所が削げ落ち、骨が露わになっていた。
自身の腐敗した肉が原因か、それとも先ほど葬った冒険者の返り血かは分からないが、元は豪華であったであろう服が今ではみすぼらしくなっている。
汚れが目立ち、分厚い革で作られたマントだったものは、既に半分以上がなくなっていた。
肉体はボロボロ、服もみすぼらしく過去の面影は一切ない。
しかし……辛うじて残されている筋肉は、過去の姿そのものだ。
ぐんっと力を入れれば、重そうに持っていた長剣が軽々と持ち上げられる。
「……ぉぉぉおおおぉぉおおおおおぉぉぉおおおおおお……!」
「……!」
地面が揺れるのではないかと思う程の低い重低音が、体の奥を突き抜ける。
並大抵の精神しか持たない人物であれば、この声を聴いただけでも身が硬直してしまうだろう。
今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られるメルだったが、それは柳に止められる。
バンッと背中を叩かれ、背筋を無理やり伸ばされた。
「いっ!!」
「しゃんとせい。この程度の怖気、痛みで消える」
「は……はい……!」
ズンッ。
バネップが大きく踏み込み、構えを取った。
スッ……。
柳が日本刀を抜刀し、その切っ先をバネップに向ける。
チャッ。
持っていた両刃剣・ナテイラを構え、メルは覚悟を決めた。
「……ぉぉぉぉおおおお!!!!」
轟くような咆哮を二人にぶつけた瞬間、武器を握る手に力を込めた。




