7.18.クオーラクラブ二匹目!
質のいいクオーラクラブの甲羅があればよかったのだが、どうやら今し方柳が倒した個体はあまり良い甲羅を有していなかったようで、結局もう一匹探すことになってしまった。
繁殖力はあまり強くないが、個体数は多いとの事なので一匹や二匹いなくなったところで別に問題はないらしい。
いやそんなことはどうでもいい。
今はただ、どうやってこの地獄の修行から抜け出すかをメルは必死になって考えている。
柳は確かにクオーラクラブを倒したが、それは彼が異世界の人物であるからできた所業だ。
あの規格外な強さは憧れるが、それを今求められても困るというもの。
まだ数回ほどしかレミからの手ほどきを受けていないメルは、クオーラクラブを倒せる自信がこれっぽっちもなかった。
がむしゃらに立ち向かったところで無様な姿を見せるだけで終わってしまうだろう。
弱腰な姿勢を見せ続け、なんとか柳を説得しようとしたがやんわりと無視されて、結局半場強制的に二匹目の獲物を探すことになってしまった。
どうしてこうなった、と頭の中で何度も叫び、クオーラクラブが出てこないことを祈りつつ楽し気に前を歩く柳を少し恨んだ。
こんなのは修行ではない、拷問だ。
確かにメルはあれくらいの大きさの魔物と何度か戦ったことがあるので、対処の仕方自体はなんとなく分かっている。
しかし刃が通らないとなれば話は別だ。
攻撃の効かない魔物ほど、厄介な存在はいない。
ただの消耗戦になるだけなので、もしそういう個体が居たのであれば攻城兵器なので無理矢理倒すのが一般的だ。
それを今から、人間一人の手で持って倒せと言うのだから、やはり無茶がある。
「れみさぁん……」
「情けない声出さないの。大丈夫大丈夫なんとかなるなる」
「なりそうにないから助けを求めてるんですけどぉ!?」
「勝利条件は片側三本の足を再起不能にさせる、よ」
「いや聞いてないんですけど!」
それくらいは先ほどの戦いを見て分かっていることだ。
スゥが安全にクオーラクラブの甲羅に手を当てることができる状態にすれば、ほぼ勝ちは決まったと言っていい。
だが……たかが三本、されど三本。
攻撃が効かないことを前提としているメルは、まず一本斬れるかどうかも怪しい所だった。
わしゃわしゃと頭を掻いて、どうしようもない想いを虚無にぶつける。
その様が可笑しいのか、レミがくすくすと笑う。
だが、メルの味方をする人物が一人居た。
「っ、っ」
「ぅえ? なんですかスゥさん」
「っ、っ」
言葉を発せないスゥが、柳に向かって指を指した。
その後、自分の腕を切る動作をして見せる。
これが何を意味しているのか分からず、小首をかしげてみていたメルに気付き、スゥはジェスチャーのやり方を変えてみた。
もう一度、柳を指さした。
そして指を二本立てて蟹の様にちょきちょきと動かし、もう一度腕を切る動作をして見せる。
最後に、メルに向かって指を指した。
「……私? 私ならできるって事ですか?」
「っ~」
スゥは首を横に振る。
どうやら本当に伝えたかったことは別にあるらしい。
先ほどのジェスチャーの意味を深く考えてみることにする。
スゥはまず柳に指を指した。
そしてクオーラクラブの腕を切る動作をしている。
彼は確かに一人であの巨大な生物を倒してしまった。
それを今一度教えて何を伝えようとしているのだろうか。
う~ん、と考えているメルの隣りで、スゥもどう伝えたらいいのかう~ん、と悩んでいる。
上手く表現できない事を伝えようとしていることは分かる。
それが何かを考えるには、メルでは想像力に欠けた。
そこでスゥがパンと手を打つ。
名案だと勝ち誇ったような笑顔で、地面にすらすらと文字を書いていく。
これなら伝えたいことを理解することができると、メルもその文字列を読み間違えないように覗き込んだのだが……。
「…………読めない」
「!!?」
落雷が落ちたような衝撃がスゥに走る。
自分が一生懸命覚えた文字がなぜ読めないんだ、と本気で困惑しているようだ。
だがそれもそのはず。
様子を見ていたレミがその答えを教えてくれた。
「あー……スゥちゃんの文字って、古代文字になってるから……」
「っ!!?」
「ろ、六百年前の文字って……結構独特ですね……」
「時代の流れは様々な物を変えるわ。今の文字も教えたけど、現状維持の呪いでこれ以上のことは覚えられないのよね。まぁ私なら読めるけど」
「っ! っ!」
スゥがレミに通訳を一生懸命頼んでいる。
だがレミは首を横に振って拒否した。
「だーめ。自分で気付いてもらわないといけないんだから」
「っー!」
「そんな顔してもダメでーす」
「っ!」
頬を膨らませてむくれるスゥは愛らしい。
歳はまったく違うが、性格は昔のままで、姿そのもの。
その光景に心が和み、幾分かの余裕がメルに生まれた。
現状はまったく変わっていないが、スゥが何かに気付いてそれを教えようとしてくれている。
自分が考えに至らなかった見落としているものがあるのだ。
それが分かっただけでも、何かしらの糸口に繋がるかもしれない。
しかし現実は残酷だ。
それを深く考える間もなく、硬い音が聞こえてしまった。
「お」
「いましたねー」
「ゲッ……」
彼ら二人の視線の先を見てみると、先ほどよりも小さなクオーラクラブがこちらに向かって歩いてきているのが分かった。
警戒心のない歩き方は、こちらを認識していないだけなのか、それとも人間如きに不覚は取らないという意志の表れなのか。
だがただ一つ言えることは、真っ黒な目が確実にこちらを捕らえていた。
「さぁ」
「メルちゃん」
名前を呼ばれて背筋が伸びる。
本当にあれを相手にしなければならないのだろうか。
今なお解決策……対処の方法すら考えに至っていない。
一時的に生まれた余裕が、音を立てて崩壊していくことが分かったが、その土台すらも壊す彼らの声が、腹に響いた。
「修行だ」
「行ってらっしゃい」
彼らは、悪魔の末裔なのではないだろうか?
そんな疑念を一瞬抱き、ヤケクソ気味に両刃剣・ナテイラを抜刀した。




