7.15.捕縛見学
洞窟は意外と静かだ。
自分が発する声がもっと響くだろうと思っていたが、まったくそんなことはなく壁に吸われていく。
この苔に音を吸収する力があるのだろうか、と想像を膨らませながら歩いていくと、柳の言っていた通り広い空間に出た。
青白く光るきのこと苔のお陰で、この洞窟の大きさが手に取るようにわかる。
天井はどう頑張っても手が届きそうにない程に高く、広がっている空間も非常に広い。
どうしたらこんなにも巨大な空洞が出来上がるのか不思議だった。
久しぶりに訪れた、と懐かしそうにつぶやいたレミは、周囲をもう一度見渡した。
以前来た時と何ら変わっていない空間。
自然が作り上げた産物は変動も大きいが、こうして一切変わらないこともある。
再び目にするこの洞窟は、過去の記憶を鮮明に思い出させてくれていた。
そこで遠くの方から冒険者たちの声が聞こえてきた。
怒号と罵声が飛び交い気合を入れるために更に声を張り上げている。
恐らく、クオーラクラブの捕獲を試みているのだろう。
「見物しに行くとするか」
「え、そんな悠長にしていていいんですか? 他の個体探さないと……」
「その必要はない。クオーラクラブの数は多い。それに、奴らはクオーラクラブを殺せぬ」
「でも鉱石は……回収されちゃうんじゃないですか?」
「ああ、そうか。メルは鉱石の特性を知らぬのか」
「鉱石の特性?」
まだ見たこともない鉱石ではあるが、それにどんな特性があるのだろうか?
鉱石といえば、とりあえず硬い印象がある。
色や性質などにも違いがあるだろうが、それとは違った特性を有しているらしい。
クオーラクラブの甲羅に生える鉱物というだけで十分変わっているとは思うのだが……。
柳は声のする方向へと歩きながら、その特性を口にする。
「クオーラ鉱石は、クオーラクラブが生きている間は、とんでもなく硬い」
「……はい。……?」
「だがクオーラクラブが死ぬと、柔くなる」
「そうなんですか!?」
この事実は、限られた者にしか知られていない。
そもそも今集まっている冒険者では絶対にクオーラクラブを討伐することができないので、その事実を裏付ける証拠を得られないのだ。
だがこれは木幕と沖田川が発見している。
今は手元になくなってしまったが、実際にそれを使った砥石を完成させているし、何なら一度沖田川は木幕の日本刀を研いでいる。
今も尚クオーラクラブがその性質を有しているのであれば、確実に同じ鉱物を回収することができるはずだ。
この長い期間の間にクオーラクラブが進化していないとも限らないが、そもそも天敵がこの洞窟にはいない。
なので特性は変化していないと、彼らは踏んでいる。
鯛や鰯だって長い間進化を遂げていないのだ。
たった六百年で、何かが変わるということはないだろう。
「あれ? でも生きている間は硬いってなると……。冒険者はどうやって回収するんですか?」
「今そこで頑張っている彼らを見れば分かるわよ」
レミが指を指す方向には、今まさに巨大なクオーラクラブに網をかぶせて拘束しようとしている冒険者パーティーが、何とか頑張って網を手放さんと踏ん張っている。
そこにいるクオーラクラブの甲羅は黒っぽい灰色をしていて、サンゴ礁の様にデコボコとしていて危険そうだ。
そして、背中には黄色の美しい鉱石が幾つも生えている。
暗い色をしている甲羅とは正反対の明るい色を放つ鉱石は良く目立ち、その大きさは大人一人がようやく抱えられるくらいだ。
だがクオーラクラブもただ黙って捕まえられるわけにはいかない。
八本の足と二本のハサミをもってして暴れまわり、なんとか網を取り払おうとしたり切ってしまおうとハサミを動かしたりしているようだ。
しかし網の素材は切れにくいようで、切ろうとしても引っ張ろうとしても網が千切れることはなかった。
大勢の冒険者が一気に網を引き、クオーラクラブを転倒させる。
じたばたと暴れる足を何とか拘束し、そこでようやく採掘がはじまった。
数十名が拘束を続け、もう数十名がツルハシを手に持ってクオーラ鉱石に叩きつける。
キィイイィィンッ……。
一度振り下ろすごとにそんな音が聞こえてきた。
筋肉質の男が振り下ろすツルハシには相当な破壊力が込められていたはずだが、目の前にあるクオーラ鉱石には傷一つ入っていない。
何度も何度も繰り返しツルハシを振るってようやく回収できたのは、小指に乗る程度の小さな小さなクオーラ鉱石の欠片だった。
「うぉっしゃ採ったぁああああ!!」
「まじかよ!!」
「ぬぉおお負けるか!!」
一心不乱にクオーラ鉱石にツルハシを振り続ける男たちを見て、レミと柳は嘆息した。
実際、先ほどの男が採取したクオーラ鉱石はそれだけで十分な値打ちとなる。
だがそれよりも大きな鉱石を手に入れる方法を知っている彼らは、あんなので喜んでいられるのが何だか羨ましかった。
それと同時に、厄介なことになりそうだと頭を掻く。
レミは当時の事を思い出して苦い顔をした。
採掘レベルがあの程度であれば、これから自分たちが採掘したクオーラ鉱石を狙う輩は絶対に出てくるだろうという明確な確信があったのだ。
できれば穏便に済ませたいところではあったが……クオーラクラブを倒すということになれば、確実に大きな音を出すことになる。
兎にも角にも、この場からは離れた方がよさそうだ。
レミは周囲を見渡し、人が居なさそうな方向へと目線を向ける。
「さぁどうしましょうかねぇ」
「難儀だなぁ?」
「っー」
「……なにがっ!?」
話について行けないメルを放置し、三人は移動する。
メルはそれに慌ててついて行った。
「まずはクオーラクラブを探すとしよう。討伐数は二匹で良いな?」
「いいと思いますよ。メルちゃんの修行にもなりますし」
「え!? 本当に倒すんですか!?」
「無論。拙者の動きをよーく見ておくのだぞ? フフフフ……」




