7.14.洞窟
今回はクオーラ鉱石を売却する予定は一切ないので、冒険者ギルドへは向かわない。
あくまでも砥石集めが目的なのだ。
許可を取る必要もないはずなので、そのまま件の洞窟へと足を運んだ。
道中では網を準備している冒険者集団が何チームかいて、熱心に作戦を考えたりツルハシを手入れしたりしている。
それを見て採掘するのにツルハシは必要なのではないだろうかとメルは思ったが、レミ曰く必要ないとの事。
どうやらその辺はスゥに委ねられているようだ。
声を掛けられたスゥはビシッと敬礼してやる気を表現する。
いつまで経っても無垢であり続けるスゥを微笑ましく思いながら歩いていくと、一行はようやく洞窟の入り口に到着した。
少し遠くを見やれば森が広がっており、目の前には小高い丘が鎮座している。
そこには数多くの屋台や露店などが並んでおり、本当にその先に危険な生物がいるのかと疑問を抱いてしまう。
だがその入り口は非常に狭い。
クオーラクラブは巨大な生物だと聞いているので、これだけの大きさだと通り抜けることは不可能だろう。
洞窟は丘の一部を切り裂かれるようにして作られた崖に入っている亀裂が入り口のようで、人二人が並んで通れるくらいの幅しかなかった。
今まさに冒険者パーティーの一団が中へと入っているようではあるが、大きな網を運び入れるのに四苦八苦している。
その様子を門番らしき人物が数名その場に佇んで見守っていた。
彼らも仕事とはいえ、このような光景を長く見ていては気が滅入るのか面白くなさそうにしている。
「あれ、運び入れるまでは入れそうにないわね……」
「あのような道具は邪魔でしかないな。性能よりも、運び入れの面に関して工夫すればよいものを」
「同感ですね」
これでは仕事がはじめられないと、レミと柳は少し不服そうだ。
長い時間を過ごしてきたのに、目的がある時に限って急いてしまう彼らをメルは少し可笑しく思う。
とはいえ、確かに彼らが早く入ってくれない事には自分たちも洞窟の中に入れない。
入り口はあそこにしかないらしいので、ここは待たなければならなさそうだ。
待ち時間ができたのであれば、もう少しクオーラクラブについての話を聞けるだろうと思ったメルは、柳の前に立って顔を見上げる。
「あの、どうやって倒すんですか?」
クオーラクラブは非常に硬い甲羅で覆われている。
鉱石もそれに等しい鋼のような硬さを有しているはずだ。
だが柳は倒せる自信しかないといった風に、得意げに鼻を鳴らした。
「関節を狙う」
「……はぁ」
基本中の基本の事を事も無げに述べられ、メルはどう反応していいのか分からずため息交じりにそんな声を漏らした。
確かに防具を付けている敵に対して関節部位を狙うのは基本だ。
それは大型の魔物であっても同じであり、まず機動力を削ぐことが必要になってくる。
とはいえ、今回の相手は甲殻類だ。
関節部位も聖騎士のような装備に似た仕組みで、甲羅にしっかりと守られているに決まっている。
それを簡単に断ち切れるかといわれれば、無理だ、と断言できた。
だが柳は明確な意思と自信を持っている。
その目は一切冗談を言っているようには見えなかった。
「まぁ、初めの一匹は見ていると良い」
未だに府に落ちない表情をしているメルの顔を見てくつくつと笑い、洞窟の方へと柳は歩いていく。
どうやらようやっと網を運び入れることに成功したようだ。
洞窟の前に人の姿がなくなったので、もうはいることができる。
柳の服装に門番は訝し気な目線を送ったが、特に引き留めることはしなかった。
一方レミとメルにはにこやかな目線を送る。
なんだこいつはと思いながら、メルは足早に洞窟の中へと入った。
今は外の光が洞窟の中まで入ってきているので比較的明るいが、先の方は一寸先も見えない闇だ。
カンテラを持っていなかったので、どうしようと戸惑っていた矢先、真隣で目を瞑る程の光量が襲ってきた。
「うわっ!」
「あ、ちょっと強すぎたわね。えーっとこれくらいかな」
手の中に白い球体を作り出したレミが、光を調整していく。
あれは何の魔法なのだろうと興味深そうに見つめていると、視線に気づいたようですぐに教えてくれた。
「ライト。あたりを照らす魔法よ」
「そ、そんなの見たことないんですけど……。普通炎ですよ」
「ん~ずいぶん昔の魔法だしね。知らなくても不思議じゃないかも」
もうここまでいくと、レミは歩く魔導図書館なのではないだろうかと思ってしまいそうになる。
恐らく知らない魔法の方が少ないのだろう。
……知らない魔法がない、という可能性もあるが。
「灯りとは良いものよ。人は、夜目が聞かぬゆえなぁ。お天道様には、感謝が尽きぬ」
「はいはい、行きますよー」
「フフフフ、つれぬなぁ」
明かりを手にしたレミが先頭を歩いてくれるらしい。
だがこれもしばらくすれば意味がなくなるとの事。
それはどうしてなのかを問うてみると、歩いていればわかるという答えしか返ってこなかった。
靴の音がやけに響く洞窟を、どんどん進んで行く。
どうやら地下へと続いているらしく、緩い傾斜がしばらく続いていた。
たまに急な勾配が行く手を阻むが、通れない程酷いものではない。
だが先行していった網を持った冒険者集団はどうやって乗り超えたんだろうとふと疑問がよぎる。
そこでレミがライトを消した。
周囲が暗くなるかと思って身構えたが、そんな事は一切なく、逆に綺麗で優しい青白い光が洞窟全体を照らしていた。
「わあっ」
どうやら茸が発している光であるようで、苔のようなものからも淡い光が放たれていた。
岩の隙間から流れてくる水滴に光を反射させ、更に輝きに磨きをかける。
長い年月が作り出した自然の造形。
決して人の手では再現することのできないこの洞窟は、来たものを必ず一度は魅了してくれる。
ここを通った様々な者が心打たれただろうが、それはメルも同じだった。
流れ出る水の先には小さな水溜りがある。
苔は水にぬれると更に自分を輝かせんと、その光量を幾分か増しているような気がした。
「この先に、まだ広い空間がある。そこはもっと凄いぞ。これも、大地の御力よ」
「へぇ……!」
だがその先に、脅威がいることを忘れてはならん。
そう口にした柳は、自身の持っている日本刀に手を置き、警戒しながら歩を進めた。




