7.13.砥石を持つ生物
騒がしいルーエン王国の大通りを抜けると、だんだん人の気配が無くなっていく。
閑散とまではいかないが、人はまばらで会話をしている婦人なども一切いない。
先ほどの大通りと比べ物にならない程の静けさなので、それで余計に目立ってしまうのだ。
この辺りにも民家はあるし、宿もいくつか散見される。
ではどうしてここまで人気がないのかというと、理由は今一行が向かっている先にあった。
なぜか人気のない東門を通り抜け、その先にあるという洞窟へと足を伸ばす。
ここ、ルーエン王国には冒険者ギルドが二つある。
一つは冒険者が普通の仕事をするための一般ギルド。
ここでは低ランク冒険者のための国内での依頼やお手伝い、更に中~高ランク冒険者のための護衛任務や討伐依頼などを受けることが可能だ。
冒険者としての経験を積み、尚且つ信用を得るのであればこちらで依頼を受けて仕事をした方がいい。
ではもう一つの冒険者ギルドは一体何なのか。
これはここルーエン王国の特産品『クオーラ鉱石』の特別採掘依頼を受けることが可能となっている。
長い月日で形成された洞窟の中に、クオーラクラブという巨大な蟹のような魔物が生息しており、その甲羅に生えている鉱石を採掘してくる依頼だ。
クオーラ鉱石は非常に綺麗な鉱石であり、貴族や王族に好まれ、他国との取引にも使用されているものなので、いくらあっても問題はない。
冒険者からしたら一攫千金を狙うチャンスであるので、欲深い者や腕に自信がある者など様々な人種が集まってくる。
先ほど一行が通ってきた人気のない通りは、ここに通い詰める冒険者が宿泊施設のほとんどを占領しており、朝から夜までの間は基本的に留守にしている。
その場に家を構えている人物はギルド職員か、長きに渡ってこの場所に通い詰める猛者たちだけだろう。
それもずいぶんな数がいるようだ。
理由としては、クオーラクラブの捕獲に人員が大量に必要だからだ。
相手も生物なので、ただ黙って背中に生えている鉱石を取らせてくれるはずがない。
なので一度生け捕りにして、動けなくなった状態のクオーラクラブの背中に乗って鉱石を採掘する必要があるのだ。
昔からあまり変わらない網を使った捕縛方法は、今では伝統と化しているようで市場には様々な細工が施された網が大量に販売されている。
そんな市場を横目に見ながら、レミはメルにこの場所の事を大まかに教えてくれた。
感心しながら話を聞く半面、周囲の市場が聞いなって仕方ないメルは、時折周囲を見渡しながら物珍しそうに商品や冒険者たちを眺めていた。
「にしても……数百年経ってもクオーラクラブの捕縛方法が変わらないって……どういうことなのかな……」
「フフフフ、この世の魔道具もまだまだと見える。されど、魔力を通せば縮まる網や、電撃の流れる網などあるようだが?」
「昔は無かった発射装置みたいなのもありますねぇ。網から離れる気はないのでしょうか?」
「ただクオーラクラブが倒せぬから、こうして拘束するしかないのであろう。刃が通らぬのであらば、やはり捕縛方法は限られる」
「まぁそうですよねぇー」
頭の後ろで腕を組みながら、市場を詰まらなさそうに見るレミはなんだか呆れているように見える。
数百年で魔法の知識を大量に手に入れ、それを使いこなせるようになった彼女にとって、変わらないものということは変わる気がない、といっているようにしか思えないのだ。
何事にも、もっとやりようがあるというのがレミの考えでもある。
「あの、結局砥石って何処で手に入れられるんですか?」
一番肝心なことを聞いていなかったので、二人に問いかけてみた。
すると説明していなかったことを思い出したようで、柳が忘れていたことを少し可笑しく思いながら教えてくれる。
「拙者らが集める砥石は三つ。クオーラクラブの甲羅、一抱えあるクオーラ鉱石、そして、クオーラウィーターだ」
「クオーラウォーター?」
クオーラ鉱石はクオーラクラブの甲羅に生えているということは先ほどの会話で分かったのだが、クオーラウォーターというのは初めて聞いた。
一体どういう物なのだろうかと思っていると、すぐに柳が説明してくれる。
「クオーラウォーターは、クオーラ鉱石が長い間水に浸かっていたものだ。クオーラクラブは脱皮する時、甲羅の鉱石ごと脱ぎ捨てる。普通は輝きを失くして普通の石になるのだが、水の中で脱皮した場合、輝きは失われず、違う輝きとなる」
なるほど、と小さく口にした後、それの回収方法はどうすればいいのかという疑問が浮上する。
陸にいるクオーラクラブであれば、拘束して採掘をするだけでいいのだが、水の中であれば話は別だ。
まず泳がなければ回収はできないし、柳の話から察するにクオーラクラブは水陸両用生物なのだろう。
水の中で脱皮する場合があるのなら、水の中で生息している個体が居てもおかしくはない。
普通、水中では動きが著しく制限されてしまう。
今はクオーラクラブがどれだけ好戦的な生物なのかは分かっていないが、もし攻撃されたとなればひとたまりもない。
もしあったとしても、回収は非常に困難なはずだ。
「だからこそ、とても高価なのよ」
「そ、それはなんとなく分かりますけど……」
クオーラウォーターはクオーラ鉱石の数十倍の値が付く。
欠片を持って帰っただけでも生活に当分困らないだけだけの財産を手に入れることができるだろう。
そんなものを今から採りに行くというのだ。
さすがに厳しいのではないだろうかと思ったのだが、レミと柳は何が難しいことがあるのかと小さく笑った。
「水魔法が使えば、なんとでもなるわよ」
「……それ、レミさんだけでは?」
「さぁどうだろうなぁー」
常人には絶対できないことをやるつもりだ。
それを看破したメルは目を細めて彼女を見る。
「まぁ何より、まずはクオーラクラブを倒さねばならん」
「そうですね」
「っ!」
「…………え?」
殺る気満々の彼らにつられて、頷きかけたが咄嗟に顔を上げた。
満面の笑みでそんなことを言われても困る。
そもそも、クオーラクラブは刃が通らない程に硬いのではなかったのだろうか?
「えっでも……え? さっき、柳さん……刃が通らないって……」
「ほう、よく聞いていたな。ああ、奴の甲羅は刃が通らぬ」
「じゃあどうやって倒すんですか!?」
「さぁ参るぞ」
「ちょ、ちょっと!」
何か策はあるようだが、それを教える気は今のところないらしい。
さっさと歩いていく彼らに置いてかれまいと、メルは小走りで彼らの後を追った。




