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呪い研ぎの研ぎ師  作者: 真打
第一章 研ぎ師
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1.9.初めての研ぎ


「ではまず、研ぐ準備をしよう」

「準備ですか?」

「そう。研ぎは道具が揃っているだけではできない。砥石の性質を理解し、適した方法で研ぐ準備をしなければならないんだ。まぁ、前段階みたいなもんかな」

「なるほど」


 昔は刃物と研ぎ石を準備するだけであとはすぐに研いでいたのだが、この砥石はそういうわけにはいかないようだ。

 適した使い方、準備をしなければ刃物を研ぐことはできないのだという。

 今後絶対に必要なことだし、一語一句聞き逃さないようにカルロの言葉に耳を傾けた。


 彼は荒砥石と中砥石を手に持ち、作業台の隣りに置いてあった桶の中に入れた。

 その中に用意していた水を流し込む。


「この二つの砥石は水を吸う」

「吸う……? 石が水を飲むってことですか?」

「お、面白い表現だね。まさしくその通り。ほら、石から小さな泡が出ているだろう?」

「本当だ!」


 確かに二つの石から小さく細かい泡がふつふつと出ていた。

 荒砥石の方がその泡は大きいような気がする。

 しかしいつまで経っても泡が出続けており、止まる気配は見せない。


 明らかに硬い石が水を吸っている。

 面白い現象を見て少しだけ興奮していた。

 石にもいろんな種類があるということがこれで理解することができたが、一体どれだけこの砥石を水に浸けておくのだろうかと、ふと疑問に思う。


「これ、いつまで水に浸けるんですか?」

「泡が出なくなるまでかな。十分に水を含ませた方がいいんだ」

「へぇー……。あ、こっちの仕上げ砥石……でしたっけ。これは水に浸けないんですか?」

「うん。それは水に浸けちゃいけない。水をちょっとかけるだけで十分なんだ」

「ほえー……」

「加減もあるんだけど、まぁその辺は使っていったら分かるようになるよ」


 するとカルロが先ほど使った切れ味のいいナイフを再び手に持った。

 刃先を指で触って切れ味を確認する。

 手が切れてしまいそうな場面を見て、思わず背が伸びた。


「ひょえっ」

「怖いかい?」

「きゅ、急に刃物に手を触るのを見れば……そりゃあ……。それ切れ味凄いですし」

「これよりすごい切れ味の刃物があるって話だよ。見たことはないけどね。それと、切れ味は指で確認しないと駄目だよ」

「え!? 僕もそれやらないと駄目ってことですか!?」

「ご明察」


 刃物の刃こぼれ、切れ味は目では確認できない。

 大きな刃こぼれは目視でも確認することができるが、本当に綺麗に直っているかどうかは指で確認しなければ分からないのだ。

 無論切れ味も同様。

 目で見て分かるのは綺麗な湾曲を描いているかどうかだけ。

 実際の切れ味、(しのぎ)から刃先の(つら)、非常に細かい欠けは目視では分からない。


 そして触り方にもコツがある。

 指を折って刃先の上から触るのではなく、指を伸ばした状態で刃先から峰の方へと真っすぐ下ろしながら触る。

 慣れるまで時間がかかってしまうかもしれないが、これができるようになれば“触り心地”で切れ味を判別できるようになるのだ。


 切れない刃は指に一切の引っ掛かりを感じない。

 切れるようになるほど指に引っ掛かりを感じる様になり、更に斬れる刃は指紋を一つ一つ削いでいく様な細かい感触が手に伝わるようになる。


「僕はこれが分かるようになるまで三年かかったね」

「三……年……」

「スキルのレベルによって分かるようになる時間は短くなるらしいよ。僕の師匠は九年かかったって言ってたかな」

「きゅ……」

「大丈夫大丈夫。テール君は一つしかスキルを貰わなかったんでしょ? だったらこの職に特化してる才能を持ってるはずだから、すぐに分かるようになるよ」


 カルロでも三年。

 いくらスキルが一つしかないとはいえ、その数値はまだ子供であるテールにとっては気が遠くなるような長さだった。

 本当にメルと肩を並べて冒険者をすることができるのか不安になる。


 表情で不安を抱いていることが分かったのか、カルロは背中を軽く叩いてくれた。

 優しい声で励ましてくれる。


「心配しないで。君は神様直々に選ばれた逸材だろう? だったら胸を張ってやってみないと!」

「う、うーん……」

「その不安を打ち消すのは実力しかないよ。大丈夫、君ならできるさ」


 水を十分に含んだ荒砥石を作業台の上に置く。

 しかしここではテールの背が届きそうにない。

 すぐに布を手に取って何度か畳み、地面で研ぐ場所にそれを敷いて、その上に荒砥石を置いた。


 そしてしゃがんでナイフを手に持ち、研ぐ時の構えを見せてくれる。

 右手で柄を持ち、左手の人差し指と中指を刃の腹に添えた。


「ナイフや包丁は“引き研ぎ”、剣や槍は“押し研ぎ”。引き研ぎの場合は刃を自分の方に向けて、引く時に力を入れて研ぐ。押し研ぎはその反対」


 ナイフを水で濡らし、付け根から反りの手前までを砥石に滑らせる。

 シャーッという心地良い音が鳴った。

 一度止め、今度は押す。

 少し軽めのシャーッという音が鳴る。

 これと二、三度行って、ナイフの刃をテールに見せた。


「砥石が当たっている部分はこうして線が入る」


 よく見てみると、砥石が当たっている刃部分には、細かい白い線が多く入っていた。

 当たっている部分とそうでない部分がよく分かる。

 どうやら刃先にはまだ砥石が当たっていないようだったが、カルロはそこを指さした。


「刃の腹には線が入っているのに、刃先には入っていない。と、いうことは刃が真っすぐになっていないということ。こういう時はとにかく同じところを研ぎ続けて“鉄を削る”。刃先に荒砥石が当たるまで」

「ふぇ!? て、鉄を石で削り続けるんですか!!?」

「そゆこと~。ということで、はい」


 テールの手にそのナイフが手渡された。

 そんな途方もないことをしなければならないのかと少し億劫になったが、ナイフを手に持った瞬間、何かが分かった気がした。


「……?」


 それが何かは分からない。

 まじまじとナイフを見てみたが、特に変わっているところはなかった。

 先ほどの刃先を見てみると、爪の厚さほどだけ砥石が当たっていない箇所がある。

 色が白くなっているのでよく分かり、光に当てるともっとよく分かった。


 刃がすべて白くなるまで研ぎ続ける。

 一見簡単そうだが、難易度は高い。

 しかしテールはどれだけ研げばいいのかを見た瞬間、さして難しいことではないのではないかと思った。


 すぐに荒砥石にナイフを置く。

 そして、引き研ぎを開始した。


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