7.6.Side-木幕-テールの剣術師匠
異様な出で立ちに周囲の人々からの目線を集めてしまっている木幕だったが、まったく気にすることなく椅子に腰かけて目を瞑り、腕を組んで中にいる者たちと大切な会話をしていた。
会話を邪魔しないようにと、レミとスゥが彼の護衛をしている。
だがスゥはただ行きかう人々を興味深げに見ているだけだった。
テールが教会に行ってすぐ、木幕はこうして会話を続けている。
一体何を話しているかは、レミは大体見当がついていた。
以前沖田川が『テールには剣の師匠が必要だ』と言ったので、恐らくその師匠を今懸命に決めているところなのだろう。
「……全員で教えるって訳にはいかないんですもんね」
レミがそう呟くと、木幕の首がカクッと傾いた。
眉を顰めた後片目だけを開け、彼はレミを睨む。
「あ、ごめんなさい」
中にいた誰かが大声を出して反論したことを察したレミは、すぐに謝罪した。
彼らの叫び声は木幕に直接届く。
大声を出されてしまうと、木幕の意志に反して体が強制的に動いてしまうのだ。
小さく息を吐いた木幕は、今一度目を閉じて彼らの会話に耳を傾ける。
とはいえ、彼らのいる空間に入っている木幕はその様子をしっかりを目で納めることができていた。
暗い空間。
床も、空も、遠くにあるかもしれない壁も真っ暗であり、それ以上のことは分からない。
何処までも続く漆黒の暗闇が自分たちを覆いつくそうとしてくるのだが、やけに自分たちの色ははっきりしていた。
奇妙な空間ではあったが、ここに数百年滞在している彼らと木幕はもうそんなことを気にしなくなっていた。
そんな場所で、約二名の人物が言い争いをしている。
一人は片側だけかき上げた黒髪を後ろに投げだし、鋭い目つきで対峙している若造に圧をかけ続けていた。
赤と黒を基調とした和服は少しばかり燃えており、その光が影を作って槙田正次を更に恐ろしく感じさせる。
「俺がぁ……教えるぅ……! この世に、俺の技を残す良いぃ……! 機会なりぃ……!」
「いいや僕がやります! 僕の槍術はまっすぐな心を持って曲がらず、折れず、信念を貫き通すただ一つの一撃! 一つを極めたテール君であればこの思想を持つ生光流槍術がぴったりのはずですよ! 今回ばかりは譲りません!!」
「偉くなったなぁ……? キサマァ……?」
どろどろと悍ましい気配が西形正和を襲うが、彼は凛とした様子で真っすぐに槙田の瞳を捉え続け、一切引けを取らない程の真っすぐで綺麗な意思を貫き通していた。
今にも争いが起きそうな一触即発の空気を誰も止めず、呆れた様子で数名の人物がそれを眺めている。
ぼさぼさの髪を何の手入れもせずに投げ出し、腕に鎖をぐるぐると巻き付けている辻間鋭次郎が隣にやってきた木幕を見る。
目線を合わせて肩を竦め、親指を言い争っている彼らの方へと向けた。
「あんなのをあいつの師匠にはしたくないんだが」
「同感だ」
間髪入れずに答えた木幕の反応に安心し、何度か小さく頷く。
テールを連れてきたのは実質辻間であるので、師匠選びにも少し責任を感じてしまっていたのだ。
では自分が、とも思ったがそもそも鎖鎌を使えるような器用さがない事は、数日間一緒にいて分かっている事だったので彼は師匠候補から辞退している。
かと言って腐れ縁、もしくはかつての宿敵である西行桜は実力こそあれど戦い方は忍びのそれだ。
テールに合わせるような教育方法はしないと思うので、候補から既に除外している。
では沖田川が一番良いのではないだろうか。
という話が出たが、そもそも彼は既に研ぎの師匠である。
一人で二つを補うのは『狡い』という発言が他の者から出てしまった為、彼は候補から強制的に除外されていた。
そこまで話したあと、師匠になる為に名乗りを上げたのがあの二名だ。
ここにいる者たちの中で恐ろしさと豪快さでは誰も右に出る者がいない槙田。
彼の剣術は力強く、その圧にて敵を斬り伏せんとする恐ろしさを有しているのは確かだ。
しかしそれをテールが真似できるのかと問われれば、小首を傾げることになるのは明白。
実力は申し分ない。
だが……その性格と剣術の性質が問題だった。
奇術に関しては上位に入り込む西形。
彼の奇術は恐らく今の木幕であっても、普通にやり合えば苦戦を強いられるかもしれない。
魔法を使った武術を一番修得しているのは、恐らく彼だ。
その点で関して言えば、槙田よりも適任ではあるし、彼の真っすぐな信念と妥協し最適解をいち早く見つける判断能力は誰もが認める若々しい思想である。
しかし。
彼は槍使いであり、そもそもテールの剣とは相性が合うはずがなかった。
そのことについて、槙田が人差し指を西形の額に押さえつけながら問いただす。
「そもそもぉ……貴様は槍使いぃ……。テールは剣だぁ。やる前から相性が悪いということはぁ……既に分かってんだろうがぁ……!」
「否! 一から学ぶからこそその道が照らされるのです! 何事にも遅いということはありません! それにあの集中力は必ず生光流を昇華してくれるものになるでしょう!」
「じゃあ槍はどこで手に入れるんだぁ……?」
「あとでどうとでもなるじゃないですか!」
その会話を聞いて、辻間は頭を抱えた。
どちらも譲る気はなさそうだ。
あのような言い争いが発生する時点で、師匠としては失格のような気がするのだが……。
そんな面持ちで、辻間は後ろを振り返った。
とある人物に助けを求めるようにして。
「なぁ……。やっぱあんたが一番適任じゃねぇの?」
「……」
「おうい、なんか言ってくれよぉうい」
辻間が声を掛けたのは、髪の長い男性だった。
藍色の美しい羽織を身に纏い、その色に凛として似合う程の若々しい容姿を携えている。
座っている状態であっても背筋はぴしっと伸びており、一つ一つの動きはとても繊細だ。
そんな彼の手には本物の日本刀が握られており、それを優しく撫でていた。
静かに振り返った男は、木幕の後ろ姿を見る。
困った顔をしている辻間も木幕の方を見てみると、彼の顔は少し申し訳なさそうだった。
「木幕」
男が名を口にし、立ち上がる。
撫でていた日本刀をしっかりと腰に差し、木幕と同じように困ったような表情をしながら口を動かした。
「たまには、主に頼ってみたらどうだ?」
「おいなんだよやる気満々じゃねぇか。もっと早く言ってくれよな」
「フフフフ、まぁな。だが、拙者もたまには家臣から頼られたい時もある。言い出すのを待っておったのだが、どうにも歳を食う度に堅物になってしまうところがあるな。なぁ、木幕」
その言葉を聞いてようやく振り向いた木幕は、彼の目を見る。
昔からまったく変わらない姿をしている男は木幕にとって過去を忘れないようにするために必要な存在でもあった。
それに主従関係でもあったので、どうにもものを頼みにくかったのだが、本音を聞いたのであればそれに応えるしかあるまい。
木幕はきつく閉ざしていたその口をようやく開いた。
「……テールに剣を、教えてくださいますか」
「無論だ」
その言葉を聞いた槙田と西形がこちらに走ってきたが、それを全力で辻間が止めていた隙に、男は木幕の力によって外へと出たのだった。




