7.5.剣術スキル譲渡
開かれた本のページから、淡い光が零れだす。
青い光の玉がぽわぽわと数個浮かび上がったところで、ナイアはそのうちの一つを手に取った。
彼にとってどの剣術スキルが一番良いものかを吟味し続けてきた結果、選ばれたこのスキルはテールが培ってきた研ぎ師スキルを一切衰えさせることがなく、尚且つ戦いにもそれなりに使えるレベルのものだ。
あとは言わずもがな、彼の努力次第である。
青く光る球体を押し出すようにしてテールへと向かわせた。
それは静かにテールの体の中へと入り、体に合わせるようにしてスキルの内容を書き換えていく。
頭の中でピコンという音鳴り響いたと思ったら、文字が浮かび上がった。
『剣術スキル』
名前は同じだが、メルの持っている剣術スキルとはまったく違う物だ。
テールはそれを知らないが、ようやく努力が報われたような気がした。
「ありがとうございます。ナイア様」
「これからまた精進していかないといけないよ。その剣術スキルは自分を磨くのに特化しているから、使い方は間違えないように。まぁ、君なら問題ないだろうけどね」
朗らかな笑顔を見せたあと、大きな本を静かに閉じた。
これでナイアが彼にできる事は終わってしまったのだが、せっかく会いに来てくれたのだからもう少し話したい。
そう思うのは、人間味を帯びた神様だから思うことなのだろうか。
確かに自分は他の神と違って人に寄り添いすぎているかもしれないなと思いながら、やはりテールともう少し話をしようと、何もない空間から机と椅子を取り出した。
凝った装飾と彫刻が施されている小さな机の上には、簡単な茶菓子が置かれている。
遠い場所で供物として献上された物なのだが、こんなところで使えるとは思っていなかった。
ナイアはそれに腰かける。
「どうかな。もう少しお話していくかい?」
「あはは、折角のお誘いで申し訳ないのですが……。やることが沢山できてしまいました。なのでここらへんでお暇しようかと」
「わぁ! 神様のお誘いを断るなんてびっくりだ!」
「え!? あ!! いやごめんなさい!! そそそ、そんなつもりじゃ……!」
「はははははは! いいさいいさ! うんうん、確かに君にはやらなきゃいけないことがたくさんあるね。引き止めて悪かった」
自分が彼にやってもらう仕事を増やしたのだ。
それを全うするために行動する彼を、これ以上止めるわけにはいかないだろう。
「じゃ、また来てね」
「はい。その時はゆっくりお話ししましょう」
ぐんっ。
急に見えない力で後ろに引っ張られた。
たたらを踏んで体勢を立て直し、後ろを振り返ってみるのだがそこには誰も居ない。
ナイアの悪戯かと思ったのだが、彼もその挙動に目を見開いて驚いていた。
「……え?」
「な……」
ぐんっ。
再び引っ張られ、今度は転倒してしまった。
何が起こっているのか全く理解できず、周囲を見渡して経過するがやはり何も分からない。
ナイアも立ち上がってその現象の理由を探ってくれようとしながら、テールを助けようと駆け寄ってきてくれた。
その瞬間、テールは地面に付いている手と足が、何者かによって握られた感触に気付く。
ぎょっとして振り払おうとしたが、その力は想像以上に力強く振りほどくことは叶わなかった。
よく見てみれば年老いた老人の両手がそこにはあり、この白い空間から突き出している。
それを見て、ナイアが叫ぶ。
「こ、ここに干渉できるだって!?」
「ナイア様!」
「待ってて今助け──」
ズルリッ。
更に力強くテールを掴んだ両腕が、白い空間の床にテールを沈めてしまった。
声を上げる間もなく、彼はどこかへと消えてしまったのだ。
元より誰も居なかった、とでも言わんばかりに広がっている白い空間の中に静かな空気が流れ続ける。
その静けさが嫌に長く続き、ナイアは手を伸ばしたまま固まっていた。
まるで時間が止まってしまったかのようだ。
一体どこに、一体誰が、何のためにこの場に干渉しテールを連れ去ってしまったのだろうか。
だがこの空間を作った自分でさえ、その存在に気付くくことができなかった。
邪神ナリデリアとは違うまた別の強大な存在が、近くにいるのではないか。
それは一体?
考えても出てこない答えを何度も頭の中で繰り返し続けた末、ナイアは一つ息を吐いて椅子に腰かけた。
「これは報告だな……。っ!」
跳ね上がるようにして立ち上がり、ナイアは脱兎の如くその場から離れてカテルマリアに報告をしに向かった。
立ち上がった勢いでガタンと倒れた椅子と、相変わらず手を付けられずに放置された茶菓子と机だけがその場に残ったのだった。




