7.3.彼らの事
にこやかに笑っている優しい黒髪の男性。
彼は美しい金の刺繍が多く入っている紺色のローブを身に纏い、片手にはとんでもなく分厚く、そして大きな本を抱えていた。
それを抱え直しながら一歩近づいてきて、テールに軽く手を振った。
彼こそがこの世界でスキルを人々に授けている神様、ナイアである。
昔見た時と変わらない姿のナイアはあの時と同じように優しく接してくれようとしているらしい。
そんなことをせずとも彼の人の好さ……というより神様にしては人間らしい一面を持っている性格を知っているテールは、一切警戒することなく元気に挨拶をした。
「お久しぶりですナイア様!」
「うんうん、久しぶりだね。いやぁ、無事にここに来てくれて本当に助かったよ。大変な目に遭ったみたいだけど、よく乗り越えたね」
「あははは……。まぁ……」
労ってくれているということはよく分かったのだが、どうにもそれを素直に受け取ることはできなかった。
どう言葉を返したものかと悩んだ末、頭の上に手をやったテールはふと違和感に気が付いてしまう。
ばっと腰を触ってみれば、そこにあるはずの物がない。
灼灼岩金と隼丸が、忽然と腰に巻いた帯から姿を消していたのだ。
「ぅあれ!?」
「あ、落ち着いてテール君。君は今精神だけがここに来ているんだ。要するに魂の欠片ね。だから他の魂はここに来れないの。メルちゃんもここにいないでしょ?」
「えっと!? えっと、じゃ、じゃあ……」
「うん。現実世界では今もしっかりと君の腰に携えられているよ」
「よ、よかった……」
あの二振りを失くしてしまったら、それこを木幕たちを救う手立てが無くなってしまう。
そう思って酷く動揺してしまったが、ナイアの話を聞いてようやく落ち着きを取り戻した。
刃物を我が子のように扱うテールにとって、刃物の紛失は大罪だ。
それにあれは唯一無二の存在であり、自我があるという特別な存在。
この身に変えても守っていかなければならないものである。
ようやく話を聞いてもらえそうな雰囲気を感じ取ったナイアは、小さく咳払いをして本を撫でた。
「テール君がここに来た理由は知っているよ。剣術スキルが受け取れる状態にあるかどうか聞きに来たんだね?」
「はい、そうです!」
そこでナイアが抱えていた大きな本を開いた。
手をかざすだけでページが捲られていき、何十何百という紙が次々にぱらぱらと音を立てる。
最後の一枚がぺらりと捲られたあと、そこにある文字列をナイアが指をなぞって読み上げた。
「剣術スキル。君はこれを、与えられる資格がある」
「……てことは」
「おめでとう。そしてよく頑張ったね。君の研ぎ師スキルは神域にまで達している。武器の声を聞けるようになったのがその証だ。だけど、彼らからしたらまだまだひよっこなんだろうね」
その彼らが誰なのかは、テールはすぐに理解できた。
沖田川、そして葛篭だ。
彼らは研ぎに精通しており、彼らの世界にあった知識と技術はナイアが想定している“神域”よりもはるかに気高いものだった。
恐らく沖田川と葛篭に言わせれば、テールが立っているところは山の麓なのだろう。
山頂までは、まだまだ遠い。
まだ彼らの本当の実力を見たことのないテールは、神でも予想のつかない領域に若干尻込みをした。
もやりと自分の心の内で『本当にできるのだろうか』という疑念が渦巻くが、自分がやらなければ彼らは一生このままであり、そして災厄をもたらす存在になってしまう。
辻間に言われて覚悟したことを実行するため、今一度神様の前で覚悟を決めた。
だがそこでふと思い出したことがある。
いや、これはずっと気になっていたことだ。
神様であれば必ず答えられるであろう問いなので、すぐに顔を上げてナイアに問いかける。
「ナイア様。スキルを貰う前に一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「何かな?」
「あの……木幕さん、レミさん……スゥさん……。そして槙田さんや沖田川さん、葛篭さん……辻間さんたちは、一体何者なんですか?」
なんとなく話は彼らから聞いているが、それでも腑に落ちない点が多くあった。
というより、理解しにくかった。
だからこそもう一度、神様の口から彼らのことを聞きたかったのだ。
ナイアは少し考えた後、小さく頷く。
協力し、カテルマリアの我儘に付き合ってもらってスキルを一つだけしか与えられなかったテールには、しっかりとした説明が必要だ。
一度本を丁寧に閉じたナイアは、中指で本の背表紙をトンと叩く。
小さな音だったが、それは腹に低く響く様であった。
「転移者、ていうのは聞いてるよね。彼らはこの世界とは別次元、別世界……から悪戯で選ばれてこの世界に連れこまれた人たち。邪神ナリデリアはこの世界を自分の物とし、他の神々を近寄らせないように結界を作った。それにより私たちはこの世界に干渉できなくなり、ナリデリアの好きにさせてしまったことが一番の大きな要因と言える」
好きな様に遊んでいたナリデアリアだったが、この世界の人間を悪戯に殺したり虐めたりするのでは人間が減って面白味が無くなってしまう。
そこで考案したのは別世界から人間をこの世界に呼び込むこと。
結界の魔法に長けていたナリデアリアはとりあえず別世界から十二人の魂を摘まみ上げ、この世界に降ろした。
そして最後に生き残った者に褒美を与えることを条件として、彼らを戦わせたのだ。
選ばれた異世界の人間は、この世界とはまったく違った価値観、戦い方、文化を持っており、ナリデアリアを楽しませた。
だが結局十二人は何も成せないまま死んだため、また同じ別世界から十二人の人間を摘まみ上げた。
それが繰り返され続けたのだ。
「この被害者が、今テール君が共に旅をしている木幕たちだよ」
「別世界……」
「そして、奴はその中でも気に入った十二人の魂を保管し、呪いに組み込んだ」
呪い。
これはテールが次に聞きたかったことだ。
ナイアは思い出したかのようにして本を広げ、ページを捲り続ける。
そして開かれたページには、ナリデアリアが使用した複雑な呪いが記されていた。
「邪神からの賜りもの」




