6.16.隼丸
乱馬が倒れ、隼丸が地面に転がった。
水瀬は彼を背にして少し歩き、一つ息を吐く。
彼女としては、彼と本気で戦い合いたかった。
男のような考え方をしている水瀬だったが、自分自身を守るためには必要なことだ。
そうして今まで自分を磨き上げてきた。
テールとメルはその戦いをしっかりと目に焼き付けた。
水瀬の戦い方はすべてが冷静に判断された行動であり、常に優位を取っていたように思える。
もし乱馬が自分の意思で戦っていたとしても、苦戦を強いられただろう。
そこで……叫び声が響く。
『『主ぃいいい!! 主!! 主ぃい!!』』
「……」
『武器だって泣く? それが普通だ』
「灼さんは……?」
『我は主のために泣かぬ。あそこまで立派に戦って死んだ主を泣いて見送ることは我が許さん』
「なるほど……」
真剣な声で、そう言い切った。
悲しくないはずはないだろうが、それでも主であった里川を想っていたらしい。
その立派な考えにテールは感心した。
しかし隼丸の見送り方も間違いではない。
長く共にいた友人が死んだとき、泣かない人は少ないだろう。
『小僧、隼丸を』
「分かりました」
あの武器も呪われている。
だからこそテールが回収し、然るべき時に研ぐ。
すると水瀬が乱馬の死体から鞘を抜き取り、転がっていた隼丸を納刀した。
そして、それをこちらに持ってくる。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
『『ううっ、うえええ……』』
隼丸は未だに泣いていた。
話ができるようになるまでしばらく時間がかかりそうだったので、それまではそっとしておくことにする。
二振りの日本刀ということもあってかさばったが、灼灼岩金とは反対の右腰に携えた。
ベルトにしっかりと挟み込み、落ちないように調整する。
だんだん格好が奇抜になっている気がするが、これは仕方ない。
カチャカチャと動かしながら調整していると、水瀬がクスクスと笑った。
「フフ、慣れていないわね」
「すいません……」
「これ、あげるわ。それじゃ鞘が傷つくかもしれないから」
水瀬は魔法袋から長く細い帯を取り出して渡してくる。
確かにベルトだとなんだか傷がつきそうな気がして怖かった。
テールはありがたくそれを受け取って、腰に巻き付ける。
巻き方は灼灼岩金が丁寧に教えてくれたのでなんとか巻き付けることができた。
鞘についている下緒という紐を帯に結び付け、携行する。
「なんか、テール凄い格好になってるね」
「それは僕も思った……」
「っ、っ!」
軽装の防具を身に付け、バックを背負い、腰に帯を撒いて日本刀を両方の腰に携えている。
誰から見ても変な格好だ。
見方によれば武器を多く持って格好をつけようとしている少年に見えなくもない。
しかし……意外と様になっている。
水瀬はそれを見てくすりと笑った。
ぽんぽんとテールとメルの頭を軽く叩き、数歩下がる。
「これから頑張ってね、テール君。メルちゃんとは早い内に模擬戦ができると思うわ。剣術、奇術どちらも下から三番目の実力の水瀬清よ。よろしくね」
「「あれで下から三番目!!?」」
「他が強すぎるのよまったく……。ま、順位付けはあんまりよくないけどね。相性とかあるし。でも奇術に関しては攻撃にあんまり使えないわ」
「わ、私は……水瀬さんに追いつけるでしょうか……」
「フフッ、追いつくんじゃなくて追い抜くの。じゃあね」
手を押し出すように手を振った水瀬は、パシャリと弾けるように消えてしまった。
どうやら木幕の中へと戻ったらしい。
木幕とレミの方を見てみると、レミは顔色がよくなってこちらに手を振っていた。
どうやらもう大丈夫のようだ。
「テール、メル、スゥ」
木幕がいつも通りの低い声で名前を呼んだ。
だが重くない。
笑いはしないが、声は明るかった。
「よくやった」
「っ!」
木幕の褒め言葉に、スゥはすぐに反応して手を上げた。
すごいだろうと自分を誇っているようだ。
テールとメルは一瞬ぽかんとしたが、言葉の意味をすぐに理解して顔を見合わせる。
メルは顔が緩んでニマニマしていた。
相当嬉しかったらしい。
かくいうテールも、最強と言われている人物から褒められるのはまんざらでもなく嬉しい。
照れ臭そうに頬を掻いて、頭を下げると、メルもそれに続く。
「「ありがとうございます!」」
『はっはっはっは! 俺も褒めてやるぜ!!』
『『ふざけんなぁあああ!!』』
「わわっ」
ようやく落ち着いてきた隼丸が、大きな声を上げた。
二重に聞こえる声が何だか変な感じがするが、彼はお構いなしに叫び続ける。
『『離せクソガキ!! どうして主を殺した仲間に携えられなきゃならないんだ!! ふざけんな離せ!! お前のために僕は力を使わないぞ!! 鞘から抜き放った瞬間切り刻んでやる!!』』
『おい、面倒臭いなこいつ……』
呪いをすべて消すために、隼丸はこれから連れていかなければならない日本刀だ。
まだテールは日本刀を研ぐことはできない。
あと少しでそれも実現するだろうが、今はその時ではなかった。
呪いに振り回されている侍たちを、強いては日本刀たちを救わなければならない。
それが木幕たちを救う方法へと変わる。
彼らも被害者なのだ。
だからテールは彼ら日本刀たちも助けたいと、今は思っている。
しかし、隼丸はテールを拒絶していた。
『『僕を主の元へと帰せ!! 帰せよ!! 帰せええええ!!』』
『うるっせぇな貴様ごらぁ!! そもそも乱馬が死んだのはお主が原因であろうが!! 己の中に潜む呪いを感じぬことができぬはずがない!! そのせいで乱馬は操られた!! 乱馬の愛刀であった貴様が!! 主の戦い方を!! 知らぬはずなかろうが!!!! 何かおかしいと!! 気付かぬはずがないだろうが愚か者!!!!』
『『う、ぐぐぐぐ……!!』』
罵詈雑言を浴びせる灼灼岩金だったが、すべて的を得ており隼丸が知らぬふりをしていたことを的確に射貫いていた。
だからこそ、隼丸はこれ以上言葉を続けられなかった。
彼も、分かっているのだ。
自分が原因で主が操られ、得意な戦い方を一切せずに敗れた事実を。
だがそれを認めれば……。
『『僕が……僕が主の足を引っ張ったってことになるじゃないか……! 武器であり魂である僕が! 主の邪魔をして良いはずがない!! お前もそうだろう!!』』
『ああそうだ!! 我もも主の足を思いっきり引っ張った!! ……だから死んだ。貴様の主みてぇに』
『『じゃあ何で平気でいられるんだよ!』』
『本当の敵を知っているからだ』
灼灼岩金が言う本当の敵とは、神の呪いのことだ。
それはテールでも理解することができた。
呪いは今も尚、日本刀の中に眠り続けている。
これをすべて何とかしなければ、神は生き続け……最悪復活するかもしれない。
それは呪いの怪物と対峙してはっきりと理解したことだ。
呪い研ぎの研ぎ師、テールが自分たちに掛けられた呪いを何とかしてくれる。
彼でなければできない事であり、それができるようになるまで灼灼岩金はテールを守ることを誓った。
元よりこの世界に存在してはいけないモノたちだ。
死ぬのではない。
元の世界へと戻るだけだ。
だからテールに研いでもらって呪いが消え、存在が消えるのはまったく怖くない。
『主を死に追いやったのは、今戦った奴に非ず。確かに憎い。こんな奴に主は負けたのかと、我ははらわたが煮えくり返る思いでここにいる。だがそれよりも!! この元凶を作りよったあの神が我はどうしても許せぬ!! 怨み、憎まれ、憎悪、邪念を浴び続けた我はもやは怨みの刃だ!! 今はそのすべてを!! あの神へと向けている!!』
灼灼岩金がカタカタと揺れている。
感情が高ぶり、自ら動いていた。
次第に周囲が熱くなり、ゴゴ……と溶岩が噴き出そうになるが、無理やり押さえ込む。
『神を殺すには! この小僧が必要だ!! だから我は小僧を守る!! さぁ、聞かせてもらおうか、隼丸。お前は今自らの主を殺した魂か、主を二度も殺させた神のどちらを恨む!!? 答えよ!!!!』
灼灼岩金が人間の姿をしていたのであれば、確実に隼丸の胸ぐらを掴んでいただろう。
それくらいの圧が彼から放たれている。
呪いを殺すために全身全霊を尽くしてテールを守る。
彼の覚悟は他人が考えているよりも大きく、そして重いものだった。
その言葉を聞いた隼丸は灼灼岩金の覚悟をしかと受け取った。
そんな彼へ次に言い放つ言葉はすでに決まっていた。
間髪入れず、大声で叫ぶ。
『『神に決まってんだろ!!!!』』
決まり切っている事だった。
呪いをかけた神が未だに生きているとなれば、そうなるのは必然だ。
『『あいつがこんなくそみたいな世界に主を呼ばなかったら! 僕たちはもっと極みへと近づけた! もっと主と一緒に居られた!! もっと楽しめたはずだ!! それを奪った神を許すわけがないだろー!!』』
『ではもうやることは決まっておるではないか。手伝え若造。この小僧を絶対に死なせるのではないぞ。いいな!!』
『『分かったよう!!』』
最後は投げ捨てる様に言葉を放った隼丸だったが、納得はしてくれたようだ。
彼らの会話を聞くのは少し辛かったが、それでも聞かなければならないと思って集中して聞いた。
これが彼らの覚悟だ。
であれば、自分も応えなければならないだろう。
「僕、頑張ります!」
『おうおうその意気だぜ小僧! ぐぬははははは!!』
『『……チィ、しっかたないなぁ……。僕がいるのに死ぬなんて絶対に許さないからな! そこのとはしっかり覚えておいてよ!!』』
「はは……。分かりました」
自分の周りがどんどん騒がしくなっていく。
だがそれは少し楽しかった。




