6.15.二刀流vs二刀流
絶え間ない連撃を乱馬が繰り出しているが、水瀬はそれを詰まらなさそうに受け流し続けていた。
筋肉量、日本刀の重さ、踏み込みの強さ……どれを取っても水瀬に劣る面は乱馬にない。
しかし彼の攻撃は一切水瀬に届かなかった。
強い一撃をひょいと回避し、回避方向に突き出される隼丸を片手に持っていた水面鏡で往なし、押し込んで来たら体をひねって華麗に回避し、次の連撃は距離を取って対処する。
鍔迫り合いにだけは持ち込まない。
大きく振るわれ、強く踏み込んだ乱馬の強烈な攻撃を今度はしっかりと受け止め、軽く跳ぶ。
攻撃の強さもあって水瀬は空中を少しだけ移動するが、これだけで乱馬の攻撃の勢いを殺していた。
地面に足が着くころには勢いは既に死に、落ち着いて距離を取る。
まったく当たらない。
それに癇癪を起こしたように隼丸を血払いするように振るい、下駄を鳴らしながら突っ込んできた。
「……」
水瀬は再び繰り出される攻撃のすべてを往なし、躱し、無傷でその場にあり続けた。
そして待ち続けた。
乱馬が意識を取り戻すのを。
呪いの怪物がテールたちの手によって滅されても、彼は意識を取り戻さない。
これは一定時間経てば解除されるようなものではないのだ。
日本刀……隼丸を所持している限り、意識は戻らない。
今、乱馬は死んだはずの神の傀儡だ。
ただ暴れているだけでは、水瀬に刃が届くことはない。
「……酷いことするわね」
強烈な一撃が繰り出される。
しかし水瀬はしっかりとそれを受け止め、軽く跳んで勢いを削る。
操られている乱馬は、非常に弱い。
ただ自分の肉体の力を全力で使用した攻撃しかしてこない。
操られていなければ、こんな無謀な戦い方を選ぶことはないだろう。
彼はもっと強く、我慢強く、手強い相手の筈だ。
しかしどうだろう。
今は神に操られて実力を発揮できずにいる。
水瀬からしてみれば、今の乱馬は非常に可哀そうな存在だった。
「ごめんなさいね」
地面に着地した瞬間、両手に持っていた水面鏡を振り上げる。
乱馬の片腕が吹き飛んで地面を転がった。
関節を狙った正確な一撃。
そして素早すぎる攻撃に操られている乱馬は反応すらできなかったようだ。
女性である水瀬は力が弱い。
普通であれば日本刀をそこまで速く振るうことはできないのではあるが、水面鏡であればそれが可能となる。
これは“忍び刀”だ。
日本刀と忍び刀の違いは、“反りがあるか無いか”ではない。
確かに忍び刀と言えば直刃の刀がイメージとしてあるだろう。
だが実際は“重心”が違うのだ。
日本刀は刀身が重いが、忍び刀は根元が重い。
刀身が軽いからこそ素早く振るうことができるのだ。
そして根本が重いということは、その部分は鉄が多く使用されている。
だから水瀬は先ほどから繰り出される乱馬の強烈な一撃と、水面鏡の根本付近で受け止めて耐え続けていた。
女性でも扱える重さとなった水面鏡。
面白い仕事がしたいという妙な刀鍛冶が勇んで作り上げた代物だ。
その扱いやすさは……見ての通りだ。
「フッ」
乱馬が防ぐよりも早く、水瀬は刃を二度振るう。
二振りなので計四回の斬撃が乱馬を襲った。
完全に体勢を崩してしまったために防ぐことはもう出来ない。
だがそれだからと言って攻撃を止める水瀬ではない。
左手に持っていた水面鏡を逆手持ちにし、三回回転して六回の斬撃を繰り出す。
同方向からの攻撃ではあったが、片腕しかない乱馬はその攻撃を避けることもできなければ受けることもできなかった。
成す術もなく斬撃が無慈悲にも肉体を切り裂く。
それが三度行われた。
十八回の斬撃をまともに受けた乱馬はボロボロだ。
大量の血が地面を濡らし、衣服をじっとりと濡らしている。
「ガッフ……」
「起きましたか?」
「……卑怯、だぞ……」
「操られる方が悪いんです」
同情をすることなく、冷たい言葉を水瀬は口にする。
どうしようもない現状ではあるが、これは戦いであり、彼女としては十分に彼が目が覚めるのを待った。
それでも目を覚まさなかったのだ。
長く乱馬の攻撃を受け続けられるわけでもない水瀬は、ついに攻撃をした。
その結果、ようやく目を覚ました乱馬の肉体はボロボロとなっていた。
自分がどのような戦い方をしていたのかさっぱり覚えていない。
目が覚めればただズタボロになった体がある。
腕は失われ、血を流し過ぎたのか前が霞んで見える。
死んでいるのに出血多量で死にそうなのか、と乱馬は薄く笑った。
面白いこともあるものだ。
本当に生きているかのように、この場に存在しているのだから。
「くっそ……。あの……くそ天女めがぁ……。俺の戦いを……邪魔、しやがって……!」
「酷いものでしたよ。守りの流派を持つ貴方が果敢に攻めてくる様は」
「だろう、なぁ……」
話を聞いて想像してみただけでも、確かにひどい。
だが彼は笑っていた。
激痛が走り続け、霞む視界になっても尚、自分の成長に喜びを感じていた。
乱馬は、手に持っていた隼丸の柄を口に咥える。
鍔を指で握ると、キンッという音を立てて鍔が欠けた。
どうやら細工が仕込まれていた様で、鍔が外せるようになっていたらしい。
落ちているもう一振りの隼丸を拾って地面に突きさし、同じ様に鍔の細工を外す。
そして今度は片手で二振りの隼丸を握った。
鍔が欠けているのでぴったりとくっついた隼丸は片手でも十分に握ることができる。
最後の力を籠め、ゆっくりと足を引いて切っ先を水瀬へと向けた。
「津間津一振り……鷹の型……!」
二枚刃の刃が、水瀬へと向けられている。
初めて見る構えに少しばかり驚いた水瀬だったが、彼女もすぐに構えを取って対峙した。
これが最後で、もう時間が残されていない。
彼の流派からすればあの構えは待ちの構えであり、尚且つ攻めの構えでもあった。
迎え撃つ姿勢。
であれば、水瀬がとる行動は一つだった。
「水面流、枝入り」
水面鏡を大上段へと振り上げる。
大きく踏み込んで間合いへと入り、乱馬の攻撃に備えた。
彼も大きく一歩踏み込み、右腕に力を思いきり入れて二振りの隼丸を握りこむ。
右腕は血管が浮き出て握り拳には骨の形が浮かんだ。
左へと振りかぶり、腕をしならすように横からの攻撃で水瀬の攻撃と打ち合わせた。
水瀬がこの攻撃で弾かれれば彼女が負ける。
乱馬の攻撃が受け止められたのであれば彼が負けることが確定していた。
共に渾身の一撃が繰り出され、甲高い金属音が鳴り響く。
そして……乱馬の攻撃が受け止められた。
「……俺の負けか」
「腕が二つあれば、私が負けていましたけどね」
ぴたりと止まってしまった隼丸。
それを受け止めているのは一振りの水面鏡だった。
ではもう一振りはどこへ行ったかというと、振り子のようにして後ろへと引いていた。
水瀬は二振りの水面鏡で乱馬の攻撃を受け止めた後、片方の腕だけを思い切り引いたのだ。
あとは突き出すだけ。
そうすることによって、後ろに引いた水面鏡が戻ってくる。
この急な攻撃を乱馬は回避できない。
隼丸で受け止めようとしても、上手くできないだろう。
だからこそ、潔く負けを認めた。
その瞬間、振り子の様に戻ってきた水面鏡の一振りが乱馬の体を貫通させる。
背中から刃が飛び出てきた。
既に満身創痍の乱馬は、体の中に鉄が入り込んだ感覚しか分からない。
痛みは既に無かったが、体はこれ以上動きそうになかった。
「……水瀬……」
「はい」
「伯芭城、の……たたか、い……では、世話、に……な…………っ……」
「礼が言えたのですね。知りませんでした」
最後まで憎まれ口を忘れない水瀬の言葉を聞いて、乱馬は最後にもう一度だけ笑った。
倒れると同時に刃が体から引き抜かれ、ようやく地面に背を着く。
水瀬は振り返り、ピッと血振るいをして水面鏡を納刀したのだった。




