6.13.敵となった乱馬
大量の青い煙が乱馬を覆う。
煙たがるようにして手を振り回して払いのけようとするが、次第にそれができなくなっていく。
腕に走る激痛。
それに耐えるべく歯を食いしばりながら手に力を入れた。
「ぐぐ……! ぐぅぬぅううう……!!?」
腕の中で炎が燃えているような感覚を覚えるが、意地でも隼丸は手放さない。
これは魂であり半身だ。
簡単に手放してなるものか、と心の中で叫ぶが、次第に意識が遠のいていく。
あの現象はこの場にいるほとんどの人物が知っている。
テール、メルはそれを見て『マズい』と呟き、灼灼岩金は大きく舌打ちをした。
近くにいたスゥが獣ノ尾太刀を納刀状態で持ったまま前に出て、二人を守るようにして前に出る。
「ぐ……ぅ……」
一気に脱力した乱馬。
腕をだらりと下に降ろしてはいるが、手首だけには力を入れており隼丸を地面につけるなどといったことはしなかった。
青い煙が腕から出ている。
ようやく顔を上げた乱馬の目は、真っ青な涙を流しながら無表情でこちらを見ていた。
あれは完全に操られた状態の侍だ。
それにようやく気付いた隼丸が大声を上げる。
『『主!! いかがなされた!? 主!!』』
『おいてめぇ貴様!! 貴様が原因だ!! なぜ分からぬのだこのド阿呆!!』
『『なっ、なんだと!?』』
『何とかしてやるからそいつの弱点教えろ!!』
『『我が主の弱みなど教えるわけがないだろう!』』
『状況を考えろ愚か者!!』
刀たちがそう言い争っている間に、乱馬は構えを取って水瀬へと切っ先を向けた。
それと同時にようやく呪いの怪物も動き出す。
もしかしたらこうなるのを待っていたのかもしれない。
現在、敵は二人。
一人は乱馬であり完全に操られている。
もう一人……いやもう一匹はレミから出てきた呪いの欠片。
戦闘態勢を整え、誰から狙おうか吟味するようにして作り出した大きな鎌をゆらゆらと揺らしている。
乱馬の異変に気付いた水瀬は、すぐに彼へと切っ先を向けた。
水瀬が彼を押さえてくれるのであれば、こちらも呪いの怪物に集中することができる。
しかし戦うのはテール、メル、スゥの三人だけのようだ。
今のところレミは戦闘を継続するのが不可能だし、木幕は戦う気がないらしい。
レミの側にずっと寄り添い、身を預けさせている。
「こ、これ僕たちだけで行ける!?」
「スゥさんもいるし大丈夫。テールはその武器の能力を使って援護してくれたらいいよ!」
「っ!」
「で、できるかな……」
『やるのだ!! さぁ使いこなしてみよ、小僧!! まずは構えよ!!』
灼灼岩金はやる気満々だ。
前線で戦ってくれるメルとスゥがいるとはいえ、テールはこの状況に常に緊張していた。
とりあえず灼灼岩金の言いう通り構える。
父親から教えてもらった構えを取り、中段に灼灼岩金を置いて切っ先を怪物に向けた。
だが灼灼岩金はその構えが気に入らなかったようだ。
『なんだそれは! 脚をもっと閉じろ!』
「えっ!? こ、こうですか!?」
『足を横に向けるな! つま先をまっすぐ! 左の踵を少し外に! ああ何だその握り方は!! 左の小指と薬指に力を入れろ! 右手は上から包み込め! 力を入れるのは左だ、よいな!? というか背を伸ばせ小僧!!!!』
「は、はいぃ!!」
それからも数回の指摘があったがようやく様になった。
灼灼岩金のスパルタじみた指導も終わり、今度こそ相手へと目を向ける。
まずしなければならないことは、分析だ。
呪いの怪物はその辺にいる魔物とは全く異なった姿をしている。
どんな動物とも違うので、動き方の予測がしにくい。
辛うじて蜘蛛の様な生物になっているのではあるが、長く細い四本足と、一本の鎌からどの様な動き、攻撃を繰り出してくるのか分からなかった。
指標がないからこそ、分析が必要となる。
メルは既に分析を開始しており、目を凝らして節々の動きを観察していた。
可動域はとても広い。
三つの関節からなる足と、四つの関節からなる鎌の腕。
腕や脚があの粘液質の塊から生えたと考えれば、これからまだ進化する可能性も捨てきれない。
真剣に考えているメルだったが、そこでつんつんと腕をつつかれる。
見てみればスゥが自分の耳と目を指さして首を傾げていた。
「……確かに、あの怪物はどこで見てどこで聞いているんだろう……」
「っ、っ」
言いたいことを的確に訳してくれたことに、スゥは嬉しくなって二度頷いた。
見たところ、あれに目や耳はない。
しかし明らかにこちらへと敵意を向けている。
「この辺は試しながら確認します」
「っ!」
大きく頷いたスゥは、獣ノ尾太刀を抜刀した。
鞘を放り投げ、キャッチして地面に沈める。
こちら側は大体戦える体制が整った。
ちらりと水瀬の方を見てみると、彼女は既に飛び掛かっていた。
「まったく世話が焼けますねぇ!」
「……」
無表情のまま二振りの水面鏡を一振りの隼丸で受け止めた乱馬が、手に力を入れてもう一振りの隼丸を振り抜いた。




